大野愛果

数々のヒット曲を手がけるメロディ・メーカー、大野愛果。彼女が3年間の作曲家活動の中で
発表した楽曲を全英語詞でセルフ・カヴァーしたアルバムが、日米同時リリース！
ジャパニーズ・ポップスの枠を超えた、上質かつグローバルな作品だ。

（初出『Groovin'』2002年1月25日号）

　大野愛果…その名前を聞いてピンと来ない人も、彼女の作ったメロディには必ずや聴き覚えがあるはず。「Love, Day After Tomorrow」「Stay by my side」「Secret of my heart」といった倉木麻衣の一連の作品をはじめ、愛内里菜、ZARD、上原あずみ、大黒摩季、WANDSら、そうそうたるアーティストへ楽曲を提供、次々とヒットを生み出し、いまや日本の音楽シーンをけん引していると言っても過言ではないメロディ・メーカーの1人なのだ。
　そんな彼女の作曲体験は小学校の頃にまでさかのぼる。当時習っていたピアノは、楽譜どおりに練習するよりも、自分の頭の中に浮かんできたメロディを弾く方に夢中になったという。その頃からすでにメロディ・メイカーとしての才能は花開きはじめていたのかもしれないが、本格的に作曲を始めたのは96年頃。"心に響くメロディを求めて、どんどん曲を作っていきたい…"どこまでも貪欲で、純粋な音楽への思いは、やがて美しいメロディへと結実していく。
　今作は大野愛果が3年間の作曲家活動の中で他アーティストへ提供した楽曲をセルフ・カヴァーしたアルバム。ただし、全曲英語詞になっている。これには訳があって、実は今作、もともと全米リリースのために制作されたものなのだ（US盤はGIZA USAより、今作と同時発売）。なるほどオリジナルと比べてみると、アレンジに関してもなかなか思い切ったアプローチがされている。例えばDJ GOMI氏が参加した「Stay by my side」などは、あえて倉木麻衣のオリジナルとは正反対をいく、トランスで味付けされている。にも関わらず、メロディの質がアレンジに少しも左右されていない。しっかりメロディを味わえるのだ。良い素材はどんなふうに料理しても、もちろんそのままでもおいしい。音楽にも全く同じことが言えるようだ。
　また、英語詞ということも少なからず影響しているのだが、全体的にシンプルでスタイリッシュな仕上がりで、都会の乾いた空気によく似合うアルバムになっていると思う。しかも、音楽ファンが細部に渡って聴き込むことも出来るし、BGMとして常に流しておくといった事も可能な、オールマイティかつハイクオリティな作品だ。
　そして特筆すべきは、今作で初めて披露される彼女のヴォーカルだろう。シンガー・ソングライターを除いて、作曲家の歌声というのはまず一般の人の耳に触れることはない。デモ・テープという形でごく一部の人だけが聴いているわけだが、その段階での歌はメロディを正確に再現できていれば十分なのである。しかし、彼女自身がヴォーカルを取っているデモ・テープの出来のあまりの素晴らしさに今作の企画が立ち上がったというエピソードが示すとおり、実力と個性を兼ね備えたそのヴォーカリゼーションは、作曲家だけにとどめておくのはもったいない。こうして世に出たことに改めて感謝したいぐらいだ。透明感があるのに温かい、そんな声質も非常に魅力的だと思う。
　彼女はシーンの最前線にいることもあって、新世代型だと思われがちだが、実はとてもオーソドックスなタイプの作曲家ではないだろうか。最近多いメロディ・エディターではなく、本当の意味でのメロディ・メイカー。心に浮かんできたメロディを脚色することなく音楽にしていく。さらにそれは時が経っても少しも風化することはないのだ。今後も彼女から生み出されるメロディに期待してほしい、なんてわざわざ言わなくても、今作を聴けばおのずとそうなってしまうこと間違いなしのアルバムなのである。

Text by 鮎川夕子（編集部）