原 由子

ARTIST PICK UP

原 由子

昭和の記憶を今に甦らせる、タイム・トラベルへようこそ!
懐かしく、そして新しく響く原由子の歌声は、
時を超えて"歌の魔法"を振りまく、会心のカヴァー作品集。

(初出『Groovin'』2002年2月25日号)

原由子-A.jpg 平成の初めの年に生まれた子供も、14歳を迎える2002年。時の流れというものは、恐ろしいほど早く、それと共に細かな記憶や鮮やかな色彩は、我々が気づかないうちにそっと失われていく。人は成長する時、新たに得る多くのものと引き替えに、心の隅に置かれた小さな記憶を深いところに沈めてしまうもの。しかしそういった記憶のかけらは、厳密に言えば完全消去されてしまうのではなく、普段は呼び出されない心の中の無意識の階層へと移されているだけなのだ。だから、何かしらの外的刺激があれば、記憶ファイルの回復は可能なのである。そしてそんな忘れかけていた記憶を鮮やかに呼び起こしてくれる、愛情溢れるカヴァー作品集が登場した。
 サザンオールスターズの原由子が歌う本作『東京タムレ』は、年輩の方ならそのタイトル(63年発表の渚エリの曲名)からも推測できるように、61年〜70年にかけて発表されたヒット曲を中心にカヴァーされた、いわば高度経済成長期に日本人の心を潤した素敵な作品ばかりを彼女なりのスタンスで再構築した作品集。当時を知らない若い世代の方のためにちょっと説明すると、今と違って日本の国力…特に経済や産業は目ざましい発展を遂げた時期だったため、それと呼応するように多くのヒット曲と名物番組が次々生まれたのがこの60年代、昭和で言えば30〜40年代だった。例えばテレビをつければ「シャボン玉ホリデー」でクレイジー・キャッツやザ・ピーナッツがお茶の間の支持を集め、また歌番組からは多くのヒット曲が流れ続けた。特にアメリカやイギリスのロックの影響を受ける以前は、今やオールディーズと呼ばれるアメリカン・ポップスや戦前から続くジャズの影響をそれまでの日本独特の歌謡と結びつけた、いわゆる「歌謡曲」が日本の音楽シーンを占めていた。この時期の歌の特徴は、何と言っても活力に溢れ、人々に勇気と希望を与える並はずれたパワーを持っていたことだったが、本作を歌う原由子にとっても、少女時代に影響を受けたと思われるこれら昭和のジャパニーズ・ポップスの記憶は、その後の彼女の音楽性や志向に、知らず知らずのうちに影響を与えていたことだろう。
 本作は68年発表のいしだあゆみの名曲「太陽は泣いている」で始まる。GS調のこの曲に続き、最近もリメイクされ話題の「愛のさざなみ」(68年/島倉千代子)や「私と私」(62年/ザ・ピーナッツ)、「学生時代」(64年/ペギー葉山」)、「花のように」(70年/ベッツィ&クリス)、そしてデュエットする桑田佳祐の歌声がオリジナルの橋幸夫に似ていると早くも話題の「いつでも夢を」(62年/橋幸夫/吉永小百合)から「天使の誘惑」(68年/黛ジュン)…このトラックのTV番組公開録音風の歓声を入れるアイディアは最高!…まで、まさに夢の14曲。しかもその後にボーナス・トラックとして、91年の原由子のアルバム『MOTHER』に収録されていた「花咲く旅路」(この曲では既に彼女と桑田佳祐にとっての、美しき昭和や日本への原点回帰的意味合いも含まれているように思う)も追加され、60年代と90年代の作品を同じ感覚で聴けるというアイディアも、嬉しい限り。こういったカヴァー作品集は、ひとつ間違えば単なる懐メロ集になってしまう危険性もはらんでいるが、本作には全くそういった心配はご無用。彼女の内なる愛情とポップスに対する理解は、発表から30年以上経った作品たちに新たな息吹を与え、今に鮮やかに甦られた。あるところはオリジナルの印象を生かし、またあるところには彼女らしい新しさを加え表現された本作のレコーディングは、きっとアーティスト原由子本人にとっても作っていてこの上なく楽しい作業だったことだろう。そして当時を生き、共通の体験をしてきたと思われるミュージシャン達が支える演奏も、見事だ。
 過去をバッサリと切り捨て、新しいものをスタートさせるのも音楽のあり方の1つではあるが、僕はそれよりも過去に対して敬意を払い、先輩達が構築したものを素直に一度自分の心の中で消化した上で、では今度は何が出来るのか?を模索するようなスタイルの方に、魅力を感じる。昭和の音楽シーンを知る人も知らない若い世代も、とにかく耳を傾けて欲しい。このアルバムには、そういった時代を飛び超えて心に語りかける、音楽への愛情がいっぱい詰まっている。そして時を超えて"歌の魔法"を振りまく原由子の歌声は、きっとあなたに新たな元気と夢を与えてくれるはずだ。

Text by 土橋一夫(編集部)

『東京タムレ』
原由子-J.jpg




CD
ビクターエンタテインメント
VICL-60846
¥2,900(税抜)
3月13日発売

60年代を鮮やかに彩ったジャパニーズ・ポップスの名曲を、原由子が愛情溢れる歌声でカヴァー。どれも懐かしく、そして今聴くと新鮮なものばかり。桑田佳祐とのデュエットが話題の「いつでも夢を」(シャープ液晶テレビ「アクオス」CM使用曲)から「天使の誘惑」まで、歌本来がもつパワーを今に甦らせた、会心作!

【サザンオールスターズ 公式サイト】http://www.sas-fan.net/

inserted by FC2 system