広沢タダシ

ARTIST PICK UP

広沢タダシ

泣いて、笑って、考えて…。
リアルな日常生活の中に隠れた儚くも美しい喜びを、自分の言葉で切り抜いて歌にする
アーティスト、広沢タダシ。強さと優しさに溢れたデビュー・アルバムの完成。

(初出『Groovin'』2002年2月25日号)

 何気なくつけたテレビに広沢タダシが出ていた。確かそれは年末で、雪がちらつきそうな曇った寒い日の夜だった。彼が歌っていたのは「もしもうたえなくなっても」で、僕がその曲を聴いたのはおそらくそのときが初めてだったと思う。ピアノと歌だけだったか、バックが付いていたか今となっては覚えていないが、とにかく彼はピアノを弾き、歌を歌っていた。その表情やピアノの弾き方、歌い方から、この曲に対する彼の思い入れがひしひしと伝わってきて、とても印象的だった。
 見るともなく見ていたその音楽番組に僕がついつい惹き込まれていってしまったのは、彼の紡ぎだすメロディーや詩の世界観に魅了されたからということもあるが、それ以上に、言葉では表わしきれないような内部から湧き出てくるエネルギーを曲から感じ、歌に込められた気持ちに共振できたからだと思う。実際この曲は、精神的につらい状態にあった彼が自分の気持ちを素直にぶつけられた曲で、彼の中でとても大きな意味を持つ曲なのだそうだ。だから僕がこの曲を聴いて彼の内側から発せられる強い力を感じたのは必然だったのかもしれない。そして、この曲以上に大きな意味を持つのが今回のアルバム。
 デビューする前からアルバムが1つの目標で、これに向けて積み重ねてやってきたとのことで愛着も強い。彼自身イメージ通りのアルバムが出来たという満足感もあるようだ。数多くの支持を得たデビュー・シングル「手のなるほうへ」、痛快なポップ・チューンの2ndシングル「スーパースター」、名バラード「もしもうたえなくなっても」を収録したこのアルバムで、彼はメロディーで勝負できる数少ないアーティストであることを証明している。
 そして、『喜びの歌』というタイトルがつけられたこのアルバムで彼が表現したかったものは、"優しさと強さ"。タイトルからは一見、嬉しいことや楽しいことを題材として歌にされているようだが、実は明るい気持ちのときよりは辛いときや弱い自分を見つけたときのほうが歌にできるのだという。ネガティヴな部分を内包しているからこそ、それを原動力として強さが表現できるのかもしれない。そう考えて歌詞を読むと、もう少し立体的に見えてくるものがある。歌の中の主人公は、押し潰されてしまいそうな現実の中で必死に自分を支えながら強く生きていこうとしている。自分の弱さを認めることでそれを克服しようとしているかのようだ。思うに弱さと強さは対極にあるのではなく、ぴったりと背中あわせになっていて、少し風が吹いたらすぐに裏返ってしまうような暫定的な状態なのだ。そして、"うたえなくなっても笑っていられればいい"という表現は、強さと優しさに裏打ちされた彼の心の表れなのだろうか。
 もし、あなたがこのアルバムに興味を持ってくれたなら、1度ではなく、ぜひ何度も聴いていただきたい。それはこのアルバムが、聴けば聴くほどじわじわと心の中に染み渡っていき、自分の中の深い部分に語りかけてくるようなタイプのアルバムだからだ。きっと初めて聴いたときよりも、聴き込んだときのほうが良さを感じるのではないだろうか。そして、そんな音楽体験を通してあなたの中に新たな世界が見出せたなら、広沢タダシにとってこれ以上の喜びはないのでは…。

Text by 足立進也(秦野店)

『喜びの歌』
広沢タダシ-J.jpg




CD
東芝EMI
TOCT-24734
¥2,913(税抜)
発売中

175cm、48kgの細いカラダから溢れる才能と個性的なヴォーカルを武器に広沢タダシが1stアルバムをリリース。3枚のシングル「手のなるほうへ」「スーパースター」「もしもうたえなくなっても」を収録。メロディー・メイカーとしての才能をいかんなく発揮した会心作。

【広沢タダシ オフィシャルサイト】http://www.hirosawatadashi.com/

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