元ちとせ

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元ちとせ

奄美大島で育った1人の少女の"声"と"感性"が、
世界の音楽様式と出会った瞬間の記録。
「100年にひとりの声が、めぐりあった10曲」というコピーはダテじゃない!

(初出『Groovin'』2002年6月25日号)

元ちとせ-A.jpg 「すべての民族音楽は良質なポップスである」その昔、尊敬するミュージシャンが言っていた言葉だ。この言葉が載っていた雑誌を見た10数年前、僕にはこの言葉の本当の意味が理解できなかった。しかしその後、ブラジル、アイルランド、アフリカ、キューバなどの様々なワールド・ミュージックにふれる度に、段々とこの言葉の意味が分かってきたような気がする。すべての民族音楽は商業的な思惑から逃れられ、人間の生活の悲喜交々を最も本質的でプリミティヴな形で表現している。だからこそ最大限の感動とポピュラリティを得る可能性があるのだ。
 元ちとせの音楽を民族音楽と言うにはちょっと無理があると思うが、最近のJ-POPシーンでこれ程ネイティヴな色合いが強い音楽があっただろうか?その最大の理由はやはり印象的なあの声だと思うが、初めて聴いた時のインパクトはハンパじゃなかった。FMから次から次へ流れてくる奇を衒ったヒット曲に対して耳が何の抵抗感もなく受け入れるようになって久しいが、さすがに彼女の声が流れてきた時には耳が強烈に反応した。レゲエのゆったりしたリズムにのった、奄美の島唄にみられる独特の節回し。感じたのは強い違和感と、それに相反する郷愁感。しかしその曲がラジオでパワープレイされる度に、最初感じた強い違和感が薄れていき、昔から存在する童謡のように圧倒的な存在感を放ち始めたのだ。それが「ワダツミの木」だった。
 更にびっくりしたのは、セカンド・シングル「君ヲ想フ」を聴いた時である。「ワダツミの木」では奄美の島唄とジャマイカ音楽(レゲエ)のミックスだったが(それは同じ南国というキーワードからも分かる気がするが)、「君ヲ想フ」ではアイルランド音楽を思わせるアレンジがなされていたからだ。だが違和感が無いどころか、島を離れていく時の不安な気持ちを唄ったという情感溢れる唄声と、アコーディオンの切ない音色が見事な同化をみせていた。レゲエ、アイルランドときてさあ次は…と期待していたところに届けられたのが、このファースト・アルバム『ハイヌミカゼ』だった。
 個性という範疇を通り越し、神々しささえ感じさせるヴォーカルという類い希な素材を得た作り手たちが、喜々として料理した全10曲。インディーズ時代から元のサウンドを支えてきた間宮工の作曲によるシンプルでアコースティックな曲や、「ワダツミの木」と同じく元レピッシュの上田現によるやはりレゲエをベースにした曲、またフランスのユニット、ディープ・フォレストのメンバーが作曲/プロデュースをしたスケールの大きいトラックなど、楽曲のクオリティのレベルは高い。特にインディーズ時代にも共演したことがある山崎まさよしの書き下ろしナンバー「ひかる、かいがら」は、光る波が押し寄せる初夏の海岸を思わせるような美しいトラックでさすがの出来映えだ。
 「ウガミブシャタ」(奄美の方言で「あいたい、あいたかった」という意味)「カナシャル」(同じく「自分の周囲の人達を大切に想う気持ち」を表現した言葉)といったシンプルな感情を、天性のヴォーカル力と様々な音楽のかたちで表現する元ちとせ。このアルバムには人間本来の最もプリミティヴな感情が溢れた良質なポップスが詰まっている。

Text by 高瀬康一(編集部)

『ハイヌミカゼ』
元ちとせ-J.jpg




CD
Epic Records
ESCL-2320
¥2,913(税抜)
7月10日発売

「ワダツミの木」と「君ヲ想フ」の2枚のシングルを含む待望のデビュー・アルバム。アルバム・タイトルである「ハイヌミカゼ」は奄美の方言で「南風」を意味する言葉。まさに南風を感じさせる抜けの良いサウンドで、美しく力強いヴォーカルが堪能できる。この夏の必聴盤になりそう。

【元ちとせ Official Website】http://www.hajimechitose.com/

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