平井 堅

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平井 堅

平井 堅のニュー・シングルはなんと、あの「大きな古時計」のカヴァー。
何かを慈しむかのような歌声は、私達が忘れてしまっていた、
あの頃の透明な心を思い出させてくれます。

(初出『Groovin'』2002年8月25日号)

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 子供たちの感受性の鋭さといったら、まったくもって大人の比ではない。私たちが素通りしてしまう物や景色、そしてなんでもない言葉にまで思いがけない感想を述べ、時に疑問を投げかける。それらがあまりに突飛で唐突で面食らってしまうことも多いが、そんな彼らのピュアな感性に触れると、自分の心の透明度がグッと上がる感じがするのだ。だからだろうか、私は子供が描いた絵を見るのが異常に好きだ。デパートなどで催されている"子供たちの絵画展"の類には必ず足を止めるのだが、そこでいつも感じるのは、彼らは決して人から評価されたいために上手に描こうなんて思っていないんだろうなということ。自分の目と心に映ったものをそのまま描き出す。その行為には微塵のあざとさもない。大胆な線や色使いにその純粋さが見え隠れし、私の目は釘付けになる。いささか懐古的な感情かもしれないが、今はもう無くしてしまった、あの頃の透明な心を彼らの絵の中に見いだしているのだと思う。
 そしてそんな心を聴覚で思い出せてくれるのが童謡や唱歌ではないだろうか。口ずさみやすいメロディと平易な言葉で綴られた詞の中に、子供時代の私たちはたくさんの思いを巡らせていたはずだ。しかし、大人となった今、そのメロディに触れる機会はほとんどないだろう。だから、いまやトップ・アーティストとしての地位を確立した平井 堅の新作が、誰もが知っている、あの「大きな古時計」のカヴァーと聞いて驚くのも無理はない。なんでも彼が幼い頃、母親から歌い聴かされ、以来ずっと大切にしてきたという大変思い入れの深い曲だそう。既にテレビ番組やライヴで披露され、ファンにとっては待望のCD化となる今作だが、ソウルやR&Bに造詣の深い彼が生み出してきた音楽を考えると、やはり意外というのが正直なところだろう。だが実際に曲を聴いてみると、そんな違和感は全く感じられないどころか、オリジナル曲並みの説得力を持っている。
 この曲で歌われる大きな古時計は、おじいさんと生涯を共にしている。毎日当然のように動いていた時計はある時針を止め、おじいさんも天国へ昇っていく。穏やかなメロディに乗って歌われているのは限りある人間の一生というかなり重いテーマだ。しかし、この曲はいつか終わってしまう人生を儚んだり、死の概念を提示するだけの歌ではない。生きていることの素晴らしさ、家族への愛情といった温かな思いが根底にある。
 そして、そういった要素をすべて包み込んでしまう平井 堅のヴォーカルの懐の深さがこの曲を支えていることは間違いない。彼は自らを指して"歌バカ"と称している。やや自嘲気味に取られるかもしれないが、歌に対する純粋で無垢な思いへの照れ隠しだと私は思う。何より彼は他人の評価を得るために歌ってはいないだろう。そんな彼だからこそ、子供のような透明な心で歌に向き合い、この曲の本質をねじ曲げることなく私たちに伝えられるのではないか。
 大人の恋愛観をポップに描いた前作「Strawberry sex」も平井 堅の一面だろう。しかし、どこか慈悲深ささえ感じさせる今作にこそ、彼の歌に対する基本姿勢があるような気がする。ヴォーカリスト平井 堅の原点が隠された今作が、多くの大人たちに忘れていた気持ちを思い出させ、そしてこの名曲が次世代に歌い継がれて行ってくれることを願う。

Text by 鮎川夕子(編集部)

『大きな古時計』
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Maxi Single
DefSTAR RECORDS
DFCL-1078
¥952(税抜)
8月28日発売

彼の歌の原点とも言え、テレビ番組やライヴで披露されるや否や大きな反響を呼んだ「大きな古時計」のカヴァーがシングル・リリース。NHK「みんなのうた」では8月から9月にかけてオンエアされている。また、ジャケット使用されているのは彼自身が小学4年生の時に描いた絵だそう。

【平井堅 公式サイト】http://www.kenhirai.net/

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