おおたか静流

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おおたか静流

研ぎ澄まされた空気の中で、鮮やかに輝く歌声。
彼女の声だからこそ、歌の中から言葉の息吹が伝わる。
ヴォイス・パフォーマー…おおたか静流の豊かな世界を味わえる好作品登場。

(初出『Groovin'』2002年9月25日号)

 最近、僕はよく考えることがある。それは瞬時に意味がパッと理解できない外国語詞の曲を聴いて、何故感動できるのか?ということだ。少なくとも、その作品の詞の世界に関する予備知識や情報がない限り、詞の内容を深く知ることは出来ないはずだが、しかし実際に曲を聴いてみると、思わず感動してしまうということがよくある。ということは、つまり詞の内容に関係なく、我々は音からも感動を得ることが出来る訳だ。では、その感動を形成するもの(または感動を誘発するもの)は、一体何であろうか?曲調…特にサビなどに用いられるメロディ・ラインは、もちろん大きな要因の1つ。好みのメロディというのが誰にでもあるはずだ。そしてある人にとっては、必殺のアレンジ(例えば弦楽器のフレーズとか、ブラスの音とか)もあるだろう。これによって泣きを誘うという曲もあるかも知れない(実際、筆者は厚いストリングスが奏でる、マイナー・メロにかなり弱い)。しかし、それにも増して強力なのは、やはり人の声。例え歌っている内容が分からなくても、歌い方や抑揚、声質、発声の間といったものがお互いに作用し合うことで、声はさらなる力を発揮し、感動を生み出す。
 さて、これまで声の作用ということで色々と述べてきたが、この声において特に優れたヴォーカリストがいる。おおたか静流だ。彼女はこれまでにも様々な作品をリリースし、また数多くのCM作品も手掛けてきたベテラン・シンガーだが、その声はとても特徴的で、ある時には明るく清々しく、またある時には悲しさを表現できる、貴重な歌手だ。かつて彼女のことを表現する時に、「ヴォイス・パフォーマー」という言葉がよく使われていたが、まさにこの言葉通り生身の人間が発する「ヴォイス」の輝きを作品に封じ込め、彼女は多くのリスナーに感動を与え続けてきた。喜納昌吉で有名な「花」をはじめ、「悲しくてやりきれない」や「林檎の木の下で」といった、古き良き日本の心を大事に歌ったカヴァー作品でも知られる彼女は、独特の声質と歌い廻しで新たな生命を作品に吹き込み、鮮やかに甦らせてきた。
 そんな彼女が、実に興味深い作品をリリースした。『恋文』と題されたこのアルバムは、全11曲入り。しかも収録曲は、今まで歌い継がれてきた名曲ばかりだ。かつて彼女は『REPEAT PERFORMANCE』というアルバム・シリーズを通じて、こういった和の心を持った作品の復権に力を注いできたが、本作はまさにその延長線上にあるものだ。しかも今回は、鎌倉芸術館小ホールでのレコーディング(エンジニアは、70年代から日本のポップスを手掛け、大滝詠一や佐野元春などの作品でも知られる吉野金次氏)、しかも一発録りという手法がとられ、ここからは緊張感と共に飾り気のないナチュラルな雰囲気と独特の空気感が伝わってくる。ピアノにアルト・サックス、コントラバス、チェロ、パーカッションという小編成による演奏も、効果的に彼女の歌声と溶け合い、かつて彼女の作品として取り上げられた「蘇州夜曲」「悲しくてやりきれない」「花」「上を向いて歩こう」といった作品も、また新たな感覚で聴けるから不思議だ。
 元々このタイトル「恋文」は、佐藤B作氏による詩の朗読+おおたか静流の歌という形で披露されてきたライヴの名称だった。よって本作はこのライヴの中から歌の部分だけを抽出したという位置付けだそうだが、本当に大事なものを心に抱きながら切々と歌い上げる彼女の本質が、ここにはいっぱい詰まっている。そしていつの間にか、僕らの心は落ち着きを取り戻し、癒されてしまう。生身の人間が発することによって得られる歌本来のパワーと、大らかな古き良き時代の空気、そんなものが実に穏やかに流れていく。これはおおたか静流でなくては、成し得ない技なのかも知れない。きっと。

Text by 土橋一夫(編集部)

『恋文』
おおたか静流-J.jpg




CD
M&Iカンパニー
MYCJ-30156
¥2,857(税抜)
発売中

癒しのヴォイス・パフォーマー、おおたか静流が生み出す新作は、古き良きメロディを今に甦らせた充実の1枚。「京都慕情」「蘇州夜曲」「悲しくてやりきれない」「花」「上を向いて歩こう」などの名曲たちが、彼女の歌声によって再び鮮やかな光を取り戻した。ホールでの一発同時録音ならではの空気感も魅力的だ。

【おおたか静流・Sizzle Ohtaka Official Website】www.songbirds.ne.jp/sizzle/

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