YOSUI TRIBUTE

唯一無二の技巧派シンガー・ソングライターとして第一線で活躍する井上陽水。
彼が30年間に生み出した名曲の数々を、しかるべきアーティストが渾身のトリビュート!

Fun! Fun! Fun! File YOSUI TRIBUTE

(初出『 Groovin'』2004年10月25日号)

 井上陽水の曲を初めて意識したのはいつだったのか記憶を辿ってみると、小学5年生の時、同級生にオフコースのライヴ盤LP『秋ゆく街で』を借りた時だったと思う。1974年に録音されたそのライヴ盤には、洋楽メドレーと共に彼らが好きな邦楽のカヴァーも収められていた。その中で圧倒的な存在感を誇っていたのが井上陽水の曲だった。斉藤哲夫の「悩み多き者よ」とメドレーで歌われる「傘がない」と、鈴木康博のソロで歌われる「白い一日」だ。特に「都会では自殺する若者が増えている」という強烈な歌い出しの「傘がない」のシニカルな歌詞には相当驚いた。そんな社会問題よりも深刻なのは今日の雨…傘がない…と。それ以来ずっと心に引っかかっていたのだが、数年後その2曲が収録されている陽水の初期のアルバム『断絶』と『氷の世界』でオリジナルを聴いた時、個人的心象風景が深く綴られる歌詞の世界や、意外なほどロック・オリエンテッドなサウンドは、当時のニューミュージック全盛の「ザ・ベストテン」的世界よりも明らかに過激に思えたし、何よりもメロディの美しさに圧倒された。更にほぼ同時期に姉の所有するテープに入っていた「夢の中へ」に心ときめかせた時、引っかかっていた"井上陽水"という人のイメージが、凡百なフォーク・シンガーとは一線を画す高クオリティなポップスを生み出すアーティストとなって心に刻み込まれた。その後は「リバーサイド ホテル」「ワインレッドの心」といったアダルトで洗練された曲で酔わせてくれた80年代、奥田民生やPUFFYなどのコラボレーションにおいて突飛な作風で楽しませてくれた90年代を通し、井上陽水はハイ・センスな唯一無二の技巧派シンガー・ソングライターとしていつも気になる存在でいる。
 さてそんな井上陽水の濃密な歌世界を吟味する絶好のアイテムとしてお薦めしたいのが、11/10にリリースされる『YOSUI TRIBUTE』である。この手のトリビュート盤は参加アーティストの顔ぶれが命だと思うが、本盤には話題性、実力において申し分ない豪華なアーティストが揃ったと言えるだろう。そして何より期待してしまうのは、今までに陽水と共作や詞/曲提供など何かしらの関係があったミュージシャンが多く参加していることだ。最近の乱発されるトリビュート盤にはそのアーティストとは何も関係がないような人選で興味を失うことが多いが、本作はまさしく選ばれるべくして選ばれた「陽水とゆかりの仲間達」とでもいうようなミュージシャンによってトリビュートされているのだ。
 まず活きのいい「夢の中へ」で挨拶代わりにキメてくれるのはTRICERATOPS。オリジナルのギター・フレーズはそのままに、ちょっとルーズなパワー・ポップに仕立てている。大のビートルズ・フリークであろう両者のテイストが交わった納得のいくカヴァーだ。続く布袋寅泰は打ち込みを主体にしたハイパーな音像で「東へ西へ」に挑戦。ちなみに彼は98年にリリースされた陽水のアルバム『九段』に収録の「アンチヒロイン」で作曲・編曲を手掛けている。平原綾香は『氷の世界』から「心もよう」を選んでいる。かなり日本的情緒が強いこの曲と平原の歌唱との相性は抜群で、まるで自分の持ち歌のよう。そして「陽水とゆかりの仲間達」筆頭アーティスト、奥田民生はなんと「リバーサイド ホテル」を新録して登場。この逃避行的ラヴ・ソングを、あのいつもの奥田節で聴くとまた違った情緒が匂い立つから不思議だ。過去にPUFFYの「アジアの純真」「渚にまつわるエトセトラ」などを共作して以来、お互いのクリエイティヴィティのツボが合ったのか、97年にはアルバム『ショッピング』までを一緒に作り上げてしまった両者の久々のコラボに胸が躍る。更に大人の甘いラヴ・ソングに挑戦したのが、「いっそ セレナーデ」をジャズ・ボッサ・アレンジでしっとりと歌う小野リサだ。これはもう何も言わずに静かに耳を傾けるのみの出来映え。次に登場のBank Bandだが、実体はMr.Childrenの櫻井和寿とプロデューサーの小林武史らを中心として設立された「ap bank」というプロジェクト目的から集結したスーパーバンド。すでに10/20にリリースされているBank Bandの邦楽カヴァー・アルバム『沿志奏逢』から、櫻井が共感するメッセージが含まれているという「限りない欲望」が本作にも収録された。30年以上も前の曲にも関わらず、詞の世界に含む"毒"は現在の方がはるかに心に痛く響く。
 唯一の洋楽アーティストの参加となったジェーン・バーキンの「カナリア」を挟んで登場するUAの「傘がない」は、4年前にNHKで放映された陽水のドキュメンタリー番組「井上陽水/ハローグッバイ」で初披露された伝説のカヴァー。この番組をたまたま見ていた僕は、UAの情念すら漂うヴォーカルに鳥肌が立ったのを今でもはっきりと憶えている。意外なほど雰囲気が合っていたのが持田香織の歌う「いつのまにか少女は」だ。シングル「夢の中へ」のB面に収録されていた隠れた名曲を持田はちょっとハスキーな地声で気怠く歌っているのだが、例えば森田童子の歌に潜む喪失感と同じ感覚を発しているような切ない出来。ちなみに同曲ではアコースティック・ギターとハーモニカで陽水自身も参加しており、10/20にシングル発売もされているので要チェックだ。そして陽水と共に日本のロック/ポップス草創期を切り拓いてきたユーミンが、80年代初頭の名曲「とまどうペリカン」を華やかなアレンジで新録して堂々たる貫禄を見せる。陽水のバック・バンド安全地帯でプロ・デビューを果たした玉置浩二は「白い一日」でその直弟子ぶりを直球アピール。その安全地帯が大ヒットさせた「ワインレッドの心」を選んだのは、日本のR&B界を代表するDOUBLEだが、歌唱を最大限に生かした仕上がりとなっている。続く一青窈の「ジェラシー」も実になるほどと思わせる選曲だ。考えてみると、昨今流行っている異国情緒漂うアジアン・テイストのサウンドとメロディは、80年代初頭の井上陽水の作品群によく見られたものだったりもするのだ。
 そしてトリを務めるのは忌野清志郎なのだが、楽曲はまだ未定とのこと。陽水と清志郎といえば何と言っても『氷の世界』に収録の名バラード「帰れない二人」の共作が思い浮かぶ。個人的にもRCサクセションの「スローバラード」と共に、聴くと未だに胸が切なくなるバラードとして宝物のように感じている曲だが、果たして今回はどのようなコラボレーションを見せてくれるのか実に楽しみだ。

Text by 高瀬康一(編集部)

『YOSUI TRIBUTE』
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フォーライフ
11月10日発売
CD
FLCF-4038
¥3,200(税込)

『YOSUI TRIBUTE』収録曲
01.TRICERATOPS「夢の中へ」 02.布袋寅泰「東へ西へ」 03.平原綾香「心もよう」 04.奥田民生「リバーサイド ホテル」 05.小野リサ「いっそ セレナーデ」 06.Bank Band「限りない欲望」 07.ジェーン・バーキン「カナリア」 08.UA「傘がない」 09.持田香織 「いつのまにか少女は」  10.松任谷由実「とまどうペリカン」 11.玉置浩二「白い一日」 12.DOUBLE「ワインレッドの心」 13.一青窈「ジェラシー」 14.忌野清志郎「少年時代」

30年以上もの間に井上陽水が世に送り出してきた名曲の数々を、現在のシーンで活躍するアーティストがカヴァー。陽水本人も演奏に参加した持田香織の「いつのまにか少女は」や、松任谷由実の「とまどうペリカン」、奥田民生の「リバーサイドホテル」他、全14曲収録。

【井上陽水 オフィシャルサイト】http://www.y-inoue.com/

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