マイケル・ジャクソン of Groovin2010

　2009年のエンターテインメント界の最大のニュース、それはマイケル・ジャクソンの急逝だっただろう。2009年6月26日朝（日本時間）、世界に衝撃が走った。その極めてショッキングな知らせを、筆者は朝のワイド・ショーを通じて耳にした。その時、頭を過ぎったのは「ロンドン公演は一体どうなるんだ？」という思いだった。3月、あれだけ元気そうに最後のライヴの実施を宣言したマイケル。本当に出来るのか？というゴシップが渦巻く中、彼は本気でその準備を進めていた。そして皮肉にも、その証拠を我々は映画『マイケル・ジャクソン THIS IS IT』で目の当たりにすることになった。
　本作は、当初10月28日から2週間限定で全世界同時公開の予定だったが、その後上映期間が延長され筆者も実際に観たが、1980年代に青春時代を過ごした世代は勿論のこと、お年寄りから小学生まで予想以上に幅広い観客で映画館が満杯だったのには、正直驚いた。観る人の世代や国、音楽的バック・ボーンによって感じ方は違うかも知れないが、それらを全て凌駕したところにマイケルの思いや志があったことを知り、驚いた。そしてもう一度改めて観たいと思った。そんな方も多かったのではないだろうか。だからこのDVDとBlu-ray発売は嬉しいものとなるはずだ。
　文字通り本作は、ロンドンのO2アリーナにて2009年7月〜2010年3月までに全50公演行われるはずだったライヴ「THIS IS IT」の舞台裏を追ったドキュメンタリーだ。亡くなる数日前までの様子が収められ、これを見る限りではあの悲劇がこの直後に起こるとは想像すら出来ない。リハなのでラフな点もあるが、ダンサーやミュージシャンに自らアイディアや指示を出し、この時点で自身のパフォーマンスをほぼ完成させていたのには驚いた。
　本作の最も優れている点、それは彼の逝去に伴う報道や憶測、それまでのゴシップなどに一切触れていないところだ。特にここ10年ほどのマイケルは、こういったゴシップに振り回され、音楽活動もままならず不遇な時代を送ってきた。しかし彼の中には変わらぬ音楽に対する愛情や、世界平和や環境問題に対する考えが渦巻いており、何故この点をマスコミがもっと伝えなかったのか、ひたすら残念に思う。本作にもそういう彼の考えは随所に折り込まれており、森が破壊される中でたったひとつの小さな植物の芽を救おうとする少女の映像と、それとリンクして実際にステージにブルドーザーが登場し、その前に立ちはだかるマイケルといった演出、そしてライヴのリハーサル終了後にスタッフや出演者全員を集めてマイケルが「4年で地球温暖化を止めよう」と語るシーンなど、そこには本気で世界に対して警鐘を鳴らし地球を守ろうとするマイケルの姿が記録されていた。こう考えると、本作は貴重なステージへの過程を記録したドキュメンタリー／エンターテインメント作品であると同時に、今世界が取り組むべき環境問題に対して真正面から問題提起した環境映画でもあると言える。こういった基本的姿勢が本作には貫かれており、製作した監督のケニー・オルテガに対しても拍手を送りたい。
　もちろん、マイケルのオールタイム・ベストとも呼べるナンバーをプレミア席から堪能できるようなリハーサル映像の数々は、音楽作品として十二分に楽しめるものだ。ジャクソン5時代の名曲から大ヒット曲まで、グルーヴ感溢れる演奏と歌の中に、マイケルのプロとしてのプライドと音楽への無償の愛を見た気がした。マイケルの思いをしっかりと胸に刻み、僕らが歩みを続ければ、世界はきっと明るい未来へと進んでいけるはずだ。

Text by 土橋一夫（編集部）