#92 竹内まりや of SPECIAL INTERVIEW

SPECIAL INTERVIEW

竹内まりや

オリジナルとしては6年ぶりとなる、ニュー・アルバム『Denim』遂に完成!
50代を迎えての新たな気持ちと変わらない音楽への愛情が込められた、
これぞ今聴くべき素敵なポップ・アルバム!

5月23日に、約6年ぶりとなる待望のアルバム『Denim』をリリースした竹内まりや。この作品の制作過程についてのエピソード、そしてそれぞれの楽曲についてなどを、この『Groovin'』のためにご本人にたっぷりとお伺いしてきました。本作に込められた思いとは…?待望のスペシャル・インタヴュー、是非最後までごゆっくりお楽しみ下さい。

(初出『Groovin'』2007年5月25日号)

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−−:ニュー・アルバムの完成、おめでとうございます!
竹内まりや(以下竹内):ありがとうございます。でも6年ぶりとはいうものの、実際にはここ1年ぐらいで作ったものです。『VARIETY』以来、久しぶりに短期間で一気に。
−−:『Longtime Favorites』からも、もう3年半以上になりますよね。さて今作はご自身から見て、どんなアルバムですか?
竹内:"竹内まりやのポップス"としての基本は同じでも、50代になったことの意味合いみたいなものがここに自ずと含まれているって思いますね。ただ、好きな音像とかはやはり変わらないなって。それを確認した上で、気持ち的には50代に入った自分っていうものを表せたかなって思っています。
−−:50代になられて、気持ちの上での大きな変化はありましたか?
竹内:それは「人生の扉」っていう曲がまず象徴しているんですけど、(人生の)見え方がね…例えば残り時間だとか、あとアルバムを何枚作れるのかな?なんて40代の頃は考えたこともなかったんですけど、肉体的なことも含めて、大袈裟に言えば今後の人生をちゃんと生きたいなとか…。「1日1日を味わおう」…そんな自分になったことは確かでしたので、それは色々な意味で作品にも反映されていると思いますね。あと50代でもポップスをやれている喜び、みたいなものを再確認できたことがとても嬉しかった。この年代でも変わらず「ティーンエイジ・ラヴ」のような世界を歌える自分だとか、そういう嬉しさをアルバムを作る過程で感じました。
−−:ということは「人生の扉」が最初に出来てそこからアルバムの構想が広がっていったんですか?
竹内:いいえ、最初は「シンクロニシティ(素敵な偶然)」でしたね。センチ(メンタル・シティ・ロマンス)と一緒に。
−−:まりやさんとセンチの組み合わせと言えば、思い出すのは1stアルバム『Biginning』(78年)の頃ですよね。
竹内:そう、でもその後も例えば『ポートレイト』の「Natalie」も、『VARIETY』の「ONE NIGHT STAND」でも一緒にやってますし、30年前は一緒にツアーもしてましたから、本当に気心の知れた音楽仲間なので、彼らとやればこういう音像になるということも自分で分かっていますし、今の自分の中ではセンチとピカデリー(サーカス)の音が必要だったんです。
−−:ではまず「君住む街角(On The Street Where You Live)」から1曲ずつエピソードを…。
竹内:この曲は元々番組(TBS系『ブロードキャスター』)からのオファーでスタンダードなナンバーを歌って下さいっていうことで、用意された楽曲候補が6〜7曲あったんです。その中からこの曲になりました。それを服部(克久)先生にアレンジして頂いて。『LOVE SONGS』の時に「FLY AWAY」というピーター・アレンの曲を1曲目でやっているんですけど、それを思い出して1曲目は英語の曲にしようと。歌詞もウキウキする感じで、『マイ・フェア・レディ』の中ではもっとスローなアレンジですが、今回はスウィング仕立てのアップ・テンポです。対訳もさせてもらったんですけどすごく良い歌詞だなって感じました。
−−:2曲目の「スロー・ラヴ」は先行カットされてますが…。
竹内:1曲目はカヴァーなので、本当の意味でのオープニングは「スロー・ラヴ」だと思っているんです。これは伊藤広規さん、佐橋佳幸さん、難波弘之さんといういつものメンバーでレコーディングをしました。最初は別のアレンジもあったんですが、もう少し派手にしようということで「もう一度」のような4つ打ちのドラムにしました。やっとPro Toolsで臨場感を出す音の作り方が、私と(山下)達郎とエンジニアの間で確立された感じがします。「スロー・ラヴ」は「みんなひとり」と並行して録音したので、昨年の夏の録音ですね。
−−:作品を書かれる場合、曲が先ですか?
竹内:ほとんどは曲が先です。詞に関しては、何か言いたいフレーズが生まれたときに常にメモしておくんですけど、それをどうしても使いたい時にはそのフレーズありきでメロディを考える時もありますけど、具体的な言葉は一番後です。悲しい歌なのか、楽しい歌なのか、という大きな流れから曲調を決めていきます。「スロー・ラヴ」もこの作り方ですね。最初は「家に帰ろう」みたいな曲を書こうって思ったのでAメロ→Bメロっていうシンプルな曲だけれども、達郎の緻密なアレンジによって音にいろんな広がりが出るはずだという思いは常に自分の中にあって…。
−−:次の「返信」は…?。
竹内:難しかったですね。戦争映画というのも初めてだったんですけど、「戦争映画であるが故にメジャー・コードのバラードはどうでしょう?」と打ち合わせの時に言ったら、「ぜひマイナーでお願いします」と映画の制作側からの要望がありました。戦争そのものを歌にするのではなく、「手紙」という形だったら女の人の立場で書けるからっていうことで、映画の主人公が残した手紙への返信にしようと決めました。ともすると歌謡曲になりそうなメロディを、山下達郎のアレンジで聴いてみたい自分もいて、ドラムのサンプリングには青森のねぶた祭りの音だとか…和太鼓の音を入れてみました。
−−:さて「みんなひとり」は松たか子さんへ提供された作品ですが、松さん用に書かれた時点でこういうサウンドを想定されていたんですか?
竹内:いいえ、私が弾き語りをしたデモ・テープをロサンゼルスにいるアレンジャーの村山(晋一郎)さんにお送りして、コンテンポラリーなサウンドに仕上げてもらいましたが、後に私がセルフ・カヴァーするかも知れないということで、そのアレンジを達郎はあえて聴かないようにしていました。それで私の弾き語りを基に彼の自由なアレンジで作ったのが今回のヴァージョンなんです。実はSMAPの「友だちへ〜Say What You Will〜」というエリック・クラプトンの曲で私が訳詞させて頂いた作品があるんですけど、その時に聴いていたデモ・アレンジの中に村山さんのものもあったんです。その後村山さんがアメリカに移住するという時に、彼が自分の作品集を届けてくれたんです。私は松さんの作品をプロデュースすることが決まった時、村山さんのアレンジが良かったことを覚えていたので、迷わず彼にアレンジをお願いしたという訳です。松さんのヴォーカルって本当に素晴らしいんですよ。歌手としての松さんから私も学ぶところが多くありましたし、彼女の声をぜひ入れたいということで、達郎が松さんが歌う追っかけのコーラス・フレーズを考えてくれました。
−−:続く「シンクロニシティ」はセンチを迎えたナンバーですが…。
竹内:久しぶりにセンチと一緒にやりましょうというのではなくて、「シンクロニシティ」を書いた時点で「これはセンチと一緒にやる曲だよね?」という意見が一致しました。楽しかったですよ。デビュー当時一緒にツアーをやった仲間で、お互いに何でも素直に言える仲ですから。それは30年の歴史が作ってくれているんだよな、って思います。この曲は彼らと一緒にやるべき必然性を強く感じたし、またそれが今できるということが有り難いです。50代になったから30年前の仲間を呼ぶという感覚ではなくて、結果としてそうなったというのが良かったですね。
−−:次の「哀しい恋人」ですが、これは詞の内容と裏腹にポップなサウンドですが…。
竹内:この曲はコンテンポラリーな、打ち込みの音にしたいと思って作りました。テーマとしては叶わぬ恋、つまり不倫の歌ですね。こういう歌詞を書きながら思うのは、歌として一番大きなテーマになりうるはずのものなのに、なぜかあまりないですよね。演歌の世界では耐え忍ぶ恋みたいなものがあるのに、ポップスでは歌われないのが不思議だなって思うんです。「恋の嵐」とか「マンハッタン・キス」なんかもそうですけど、ごく自然に大人のポップスとして歌にされるべきテーマだと思います。もし詞が先にあったら、なかなかこういうサウンドにはならなかったかもしれません。
−−:次の「Never Cry Butterfly」は対極のバンド・サウンドですね。
竹内:私はバンドでしか表現できないものもあると思っていますので、この曲はピカデリーサーカスというバンドの演奏でやることしか考えられませんでした。ピカデリーの誰かが1人入っている、とかじゃなくてね。
−−:ピカデリーサーカスのヴォーカリストが、まりやさんという位置付けですね。
竹内:そうですね。昔からピカデリーのようなバンドをやりたいという願望がありましたから。レコーディングでは本当に(学生時代の音楽サークル)リアル・マッコイズ時代に戻った気がしました。この楽しさがあるから音楽をやってきたんだ、っていう原点に立ち返った気がして。「Never Cry Butterfly」は99年に彼らの1stアルバムで聴いた時から、これは将来私が歌う曲だって思ってました(笑)。
−−:この曲の最大の魅力は?
竹内:やはりメロディや詞の普遍性もそうですけど、ビートルズやイギリスの音楽のフレイヴァーが好きだという私の感覚に合った「日本人のフィルターを通した所にあるポップス」を具現化した曲でしたから。ある人にはこういう曲が入り口となって、例えばイギリスのポップスに辿り着く窓口にも成り得るし、もちろん杉真理さんや松尾清憲さんや伊豆田洋之さんやピカデリーの世界に若者達が興味を持つ窓口にもなるかも知れないですよね。
−−:続いての「ラスト・デイト」では趣が変わってオールディーズ・マナーな曲ですが…。
竹内:3連の曲で、今までのアルバムにも必ず1曲は入っているタイプなんですが、今回も入れようということで作りました。当初、達郎の好きなドゥー・ワップ調でやってみる提案をしましたが、別のアイディアがあるんだよ、ということで、ギターのアルペジオの3連でカレッジ・フォークのようなサウンドになりました。ベタなコード進行の曲なんですけど、達郎が2007年にああいうアレンジをするとまた新しく聴こえますよね。こういう循環コードのロッカ・バラードは、私にとって基本ですね。
−−:前作の「ボーイハント」と「この世の果てまで」もまさにこのタイプですよね。
竹内:私にとっては「ボーイハント」が自分のヴォーカルの原点なので、この路線は避けられないですね。コニー・フランシスが大好きでしたから。それに6/8拍子の曲は歌詞をあまり区切らずに声を伸ばして歌えるので、それが気持ちいいんですよ。
−−:そして次の「クリスマスは一緒に」ですが、これは「PLASTIC LOVE」に繋がる、ギターのカッティングが印象的な王道の達郎サウンドですよね。
竹内:そうですね。達郎のギターのカッティングをフィーチャーしたいとずっと思っていて、ダンサブルな16ビートのものを書こうかと思っていたところ、折良く番組(NTV系『HAPPY Xmas SHOW! 2006』テーマソング)のお話を頂いたので、実際に達郎のギターがフィーチャーできました。カッティングを生かすことを考えた上で、あのメロディを作ったんです。私の曲を聴いて下さる方の中には、達郎ファンもいらっしゃるという事と、達郎のギターをもっと聴きたいというリスナーとしての自分もいて、それがこういう曲を書かせるんですよね。達郎も最近こういう曲をやってないので、ファンの声を代弁して私の曲でやった(笑)という部分もありましてね。
−−:続いての「終楽章」ですが…。
竹内:これはセルフ・カヴァーですね。例えば『REQUEST』の中にある「駅」に象徴されるような、マイナーなバラードが今回も1曲入っていてもいいなと考えていましたが、「返信」を書いた後だったので敢えて書き下ろすのも…と迷っていた時に、この曲のカヴァーを思いつきました。19年前に薬師丸ひろ子さんに書いた曲ですが、前からこの曲をカヴァーして欲しいというリクエストも多かったんです。
−−:そして「明日のない恋」ですが…。
竹内:これはすごく楽しんで書いた曲です。ずっと私はアンディ・ウィリアムスとか往年のスタンダードが好きでよく聴いているんですけど、往年のルンバとか、ビギンとか、いいなって思っていて。アルバム用の曲作りをしている時、ビギンのリズムを鳴らして遊んでいたら、この曲のはじめのフレーズが浮かんできたんで、このリズム・パターンを使ってリゾートへ向かう恋人達の楽しい歌にしたんです。そうしたら楽しすぎてなんとなく全体の面白味に欠けてしまったので、歌詞の世界を変えてみることにしました。ヴィラという言葉は残して、楽しい恋人から、訳ありの恋人に詞を入れ替えたことによって、ちょっと面白いものになったと思いました。浜口茂外也さんにコンガを叩いてもらったんですけど、その時にも「往年の曲っていう感じがするよね。今ビギンをやるっていいよね」って言われました。しかも浜口さんはちょうどその頃細野晴臣さんと「ビギンっていいよね」という話をされたばかりだったそうで、それにも驚きましたね。
−−:これもまさにシンクロニシティですね。
竹内:そうですね。しかもお父さまである浜口庫之助さんの形見のマラカスも持ってこられて、振って頂いたんですよ。まさに往年の。
−−:そしてアルバムの最後を飾る「人生の扉」ですが…。
竹内:去年の桜が咲いている時期に3拍子のカントリーの曲をやりたいと思って、センチとレコーディングすることを想定しながら書き始めて…。最初はただメロディを歌っていたんですが、桜が咲いている様子を見ながら、昔だったら何も思わなかったのに、最近は散っていく桜の姿とか、あと何回桜を見られるのかなとか、そういうことを考えている自分がいるな、って思いながら書いた詞なんです。この曲はとっても私的な、今の自分の人生観などが自然に反映された歌になったと思います。
−−:五十路という言葉がポップスのアルバムに登場するのも、画期的ですよね。
竹内:そうですよね(笑)。歳を重ねてもポップスをやることの楽しさを表現したいと思って、敢えて年齢のことも折り込んでみました。
−−:年齢を経て得られるもの、という意味合いではまさに今作のタイトルである『Denim』に象徴される色々な要素がありますよね。このタイトルははじめから決められていたものなんですか?
竹内:これは「人生の扉」を書きながらデニムという言葉が浮かんだ時点で決めていました。デニムの語源を調べていくと、「serge de Nimes」と言って、南フランスのニームという町で帆船の帆などの素材として作られていた強い綿生地を指す言葉だったそうです。その「de Nimes」という部分だけが残って、その後アメリカに渡ってゴールドラッシュの時に金鉱で働く労働者の作業着となって、それをデニムと呼んだそうです。つまりフランスからアメリカへという流れなんですね。私は欧米のポップスで目覚めたことによって、今の自分のポップスがあるということを考えると、デニムも欧米を経て日本に入ってきて、私達が中学生ぐらいの頃から穿くようになったものが、今や私達のデニムとして定着した、その流れとまさにリンクする気がしたんですね。人生におけるデニムとの共通点と、音楽の聴き方…欧米の音楽だったポップスが、今や日本の日常的な音楽として定着したということがデニムに象徴されていると感じたんです。それにデニムは、例えば子供からお年寄りまで幅広く支持されていますよね。老若男女に対して普遍的な存在であるデニムと、そういう音楽でありたいという願いもここに込められています。だから、世代や性別を超えて聴いてもらえる音楽を目指したいですね。良い意味での一般性や大衆性がなければポピュラー・ミュージックにはなり得ないので、自分の中でのポップスの3本柱として、普遍性と時代性と大衆性というその3つが満ちたものにしたいということは、常々思っています。
−−:それでは最後に『Groovin'』読者にメッセージをお願いします。
竹内:私が音楽をやり続けてこられたのは、ひとえにリスナーの方がそこに存在されるからで、これこそが私の音楽の原動力です。ずっと応援して下さって本当にありがとうございます。来年はデビュー30周年を迎えるのが自分でも信じられないのですが、今の自分を音で表現したこの『Denim』を世代を超えて皆さんに聴いて頂きたいと思います。

2007年4月2日 東京・青山/ワーナーミュージック・ジャパンにて
インタヴュー&構成:土橋一夫&高瀬康一(編集部)

『Denim』
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6年ぶりとなるオリジナル・ニュー・アルバムが遂に登場!まさにデニムのように聴き込むほどに味わいが深まる12編。TBS系『ブロードキャスター』テーマソングのM-1やCX系ドラマ『役者魂!』挿入歌のM-2、映画『出口のない海』主題歌のM-3、センチメンタル・シティ・ロマンスとの共演で話題のM-5、12に、ピカデリーサーカスのカヴァーのM-7など、聴き所満載!

【ワーナーミュージック・ジャパンによる竹内まりや公式ページ】http://wmg.jp/artist/mariya/

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