#72 山下達郎 of SPECIAL INTERVIEW

SPECIAL INTERVIEW

山下達郎

オリジナル・アルバムとしては『コージー』以来実に7年ぶりとなる『ソノリテ』が遂にリリース!そこで山下達郎さんにインタビューさせて頂きました。昔と今とのレコーディング手法の違いから、変わったことと変わらないこと、そして音楽を通じた新たな交流まで、『Groovin'』ならではの内容でお届け致します!

(初出『Groovin'』2005年9月25日号)

PART 1

山下達郎-A#72.jpg−−:『ソノリテ』の完成、おめでとうございます。まずは完成しての率直なご感想をお聞かせ下さい。
山下達郎:まぁ、よく作ったなと(笑)。50歳を過ぎたら色々と考えるところがあって、やりたいこととか、こうしようとか…。『レアリティーズ』は2002年に出したレア音源集のアルバムですけど、ここにそれまで数年の既発のシングルを一緒に収録してしまったので、だからその後新曲を書いてまた新たにシングルを作ったりと、今回のアルバムまではちょっと時間を要してしまったんです。ということで『ソノリテ』は久々のアルバムにしては、その収録作は基本的に2003年以降のものばかりで、ほとんど新作ばかりを網羅した作品なんです。以前だったらシングルのカップリングをオミットして新曲を増やして、というやり方になったと思うんですが、そうするとまた第二の『レアリティーズ』が必要になってしまうので…。これから先何枚作れるか分からないので、だからなるべく捨て曲をなくしてということでね、だから今回は2003年以降のシングルはカップリングも含めて全部入れてという形にしました。おかげで未収録となったストックが何曲か残りました。次作へのスピード・アップがはかれると思います。
−−:ところで『ソノリテ』というネーミングは、どのようなところから…?
山下:昔からソノリテという言葉が好きでね。元々はクラシックでよく使う言葉で音の響きとか響き具合を表すものなんです。例えば管弦楽だと「フルートとグロッケンは良いソノリテを生む」とか「あのヴァイオリンは美しいソノリテだ」とか、「あのオペラ歌手はいいソノリテだ」とかね、そういう言い方をするんですね。昔からどこかで使ってみようとずっと思ってました。
−−:本作はオリジナルとしては『コージー』以来7年ぶり、『レアリティーズ』からも3年ぶりとなるアルバムですが、この制作構想はいつ頃から?
山下:『レアリティーズ』の前からずっとレコーディングはしていたんですが、結局『レアリティーズ』を出してしまったので仕切り直して、実質的にはその後の「フェニックス」の頃からですね。ただし本当にアルバム・スケジュールとして固まってきたのは、「忘れないで」や「フォーエバー・マイン」の頃からですね。
−−:さて『ソノリテ』には様々なアプローチの曲が詰まっていて五目味のアルバムという印象を受けますが、初めにこういうアルバムにしようというような全体の構想はありましたか?
山下:それは全然なかったですね。ある意味コンピみたいで、アルバムとしては全く予想しなかったものになりましたね。ただ50歳を過ぎたら好きなことをやろうとは思っていて、中でもまず一番やりたかったのはカンツォーネで、それからラップとのコラボも昔からやりたかった。ベテランと若手ラッパー、世代を超えての親子コラボみたいなね。まだやりたいこと、やり残していることが沢山あるんで、50歳を過ぎたらそういう好きなことをやろう、と思って作ったらこんなアルバムになりました。その上、レコーディング・システムがここ3年ぐらいで大幅に変わって、いい部分もあるんですけど、これがけっこう大変だった。20年前の『ポケット・ミュージック』の時にアナログからデジタルに変わった、ある意味それ以上の変化があったんです。そうするとそれによって曲の響き方も全然違ってきて、同じアレンジでも計画通りに全然鳴ってくれないということが起こるんですよ。『ポケット・ミュージック』の時も困ったんですけど、今回はその経験があったから同じ轍は踏むまいということでやりました。新しいレコーディング機材を使って一番うまく機能するようなやり方にしようと思ってね。詞や曲が同じでも、一番左右されるのは編曲と楽器法なんですよ。だから編曲と楽器法に関しては、最近の山下達郎からはあり得ないほどに、その手法を変えたものもあります。その結果響き方がすごく変わったと言われると思いますし、もしかして賛否両論出るかも知れないですけど、でもこれは今の段階でのベストな方法論なんですよ。1曲目の「マイダス・タッチ」なんかは初めはもっとシャウトして始まる曲だったんですね。でもオケがどうも歌と馴染まない。今のデジタル・レコーディングだと能率が良すぎて、音のひとつひとつがクッキリし過ぎて、しばしば歌が浮いて、カラオケ屋で歌っているような感じになってしまうんですよ。それを無理矢理当てはめようとすると、今度はどんどんオケが平板になってしまったり、逆に歌が潜ったり。もしも『ポケット・ミュージック』の頃だったらひと月ぐらいかけて右往左往してしまっただろうけど、今回はあの経験があるのでそこでスパッと諦めて、詞と曲は同じなんですけどファルセットに歌い方を変えて、全然違うアレンジでトラックを録り直したんです。今回は多くの曲に対してそういった感じでした。アレンジ手法について言えば、「フォーエバー・マイン」なんてのも今までやったことのないアレンジでね、ピアノの弾き語りにドラム・マシン、それに40人のストリングス。7、8年前なら絶対にベースかシンセ・ベースを入れてますけど、今回はベースを入れると歌の情感が邪魔されるのでベースをやめた。これなんかは今のこの時期じゃなかったら、こんなアレンジには絶対にならないと思いますし、そういう意味ではリスナーに見えない裏の面が色々あるんですよね。曲作りのモチベーションはむしろ『コージー』の時期より上がっているんで、そういうところでは心配はないんですが、そうすると機材とか違うところで問題が起きてくるんですよね。
−−:ここ数年の録音機材の変化は、劇的ですよね。
山下:すごすぎますね。テープ・レコーダーがなくなってハード・ディスク・レコーダーになって、スペックが大幅に向上して、一見同じデジタルのようでいて全然違うんですよ。また一から勉強し直さなくちゃならない。作ってる方は大変ですよ。録音機材を変えたくて変えてる訳じゃないんですけど、前から使っていたテープ・レコーダーは製造中止になるし、フォロー・アップもしてくれなくなりましたから…困りますよね。エンジニアでも結構悩んでる人がいますよ。録り方も変わりますからね。今回のアルバムはトータル・コンプをほとんどゼロに近づけて、ダイナミック・レンジそのまま出す、という感じです。その方がいい結果を得られたから。「忘れないで」とか「フォーエバー・マイン」も、音の聞こえ方はシングルとは違うんですけど、ミックスは同じものなんですよ。トータル・コンプをシングルの時よりもかなり減らしているんで、立体感がちょっと変わるんです。こういうところの、リスナー側からはあまり興味をそそらないようなところが実はポイントを握ってるんですよね。自分の場合はシンガー・ソングライターですけど編曲もやるので、こういう事態を切り抜けられるんですよ。編曲やエンジニアリングの知識がなかったら、お手上げだったですね。
−−:外的な要因で作り方が変わってしまうっていうのは、本当に大変ですよね。
山下:そうですね。だから今回は柳のように逆らわず(笑)。
−−:実際にそういった新たな録音システムに関する試行錯誤は、どのくらいの期間続いたんですか?
山下:最初の1年ぐらいですね。今年に入ってからだいぶコツが分かってきて、色々な方に教えも乞うたし、本来ならプロツールスというハード・ディスク・レコーダーにもっと早く移行すべきだったんですけど、色々ありましてね。確かに苦労しましたけど、今やれるベストのものが作れたと思います。大きく変わったところもあるので、色々ご意見が出るかも知れませんが、前へ進もうとしている志を買って下さい。志は高いんです。すごく挑戦的であり、戦闘的であり、過渡的で異色作だけどすごい意欲作で、中長期的に未来を見た時にこれを今やっておいて良かったと思える作品です。これで次に進めると。昔出来てて今出来ないことも沢山あるんですよ。例えば「ヘロン」みたいなああいうぶ厚い音のもの。「忘れないで」のオーケストラも本当はもう少し奥行き感が欲しいんですけど、でもきっとあと少したてばもっと良くなると思います。そういう意味では色々試行錯誤して悩みましたけど、でも今回は『ポケット・ミュージック』の時みたいに終わった後にドッと疲れるみたいな感じは全然ありませんでした。だからリスナーの反応が楽しみですね。コンテンポラリーな感じもあり、逆に70年代的な音作りにもなっていますから、70年代からのリスナーや、あと若いリスナーにも受け入れてもらえればと思っています。
−−:そうですね。音楽の制作にも、変化に則してその時に出来るベストを尽くして作っていくというやり方と、頑なに過去からの方法を守っていくという2つの方法論があると思うんですが、現在のシステムでは既に後者で制作するには物理的に無理が生じてきているんですね。
山下:そう、無理ですね。何度も言いますが、ポピュラー音楽のポテンシャルは、実は編曲の占める割合が大きいんですよ。同じ詞と曲でも編曲によって生きもすれば死にもする。そういう意味での編曲手法は、例えば新しい楽器が出てくればそれにものすごく左右されますからね。だから職業編曲家の人は、これに合わせて変化していくのが大変です。今までのやり方がすぐ通用しなくなってしまうし。ただ僕の場合は詞・曲・編そして歌も自分でやるんで、例えばアレンジを変えてファルセットにして歌い替えるとか出来ますから、そういう場合に切り抜けられる部分があるんです。でも20年前にあれだけ七転八倒しておいて、本当に良かった。エンジニアリングとか研究することが出来たから。今回は若いエンジニアとディスカッションして作り上げたんですけど、若い人と一緒にやるのはいいですね。職人はしばしば頑なで、経験値に頼って仕事をしがちなんですけど、今はそういう原則性が音を立てて崩れている、そんな時代ですね。僕もここにこの音を重ねたらこうなる、というような経験値に基づいた編曲テクニックを、30年のキャリアで培ってきたんですけど、でもそれが全く通用しない部分が出てきた。だから一から出直し。エフェクター1つでも、思った効果が全然得られなくなったりするんですよ。今まで27年間、歌入れは1種類のマイクで通してきたんですけど、今回はマイクを5種、ヘッド・アンプとリミッターも各5種類をそれぞれの曲ごとに全部試してみたんです。曲によって音の立ち方が全部違うんですよ。そういう実験で段々分かってくるんです。こうした実験は次に繋がりますね。だから今回は建設的なレコーディングでした。『ポケット・ミュージック』の時は、前と同じ事をやろうとしたんですけど、それは結局ダメですね。恐れないで以前のノウハウを捨てて前に進まないといけないという教訓を、今回は得ましたね。
−−:その辺りが一番端的に表れている曲は、どれですか?
山下:「KISSからはじまるミステリー」ですね。これはスタジオで録って、ある程度まとめた音を家に持って帰って、パソコン上で切り貼りして作った今流行のやり方なんですけど、これは僕が持っている従来のノウハウでは作れなかったものですね。試行錯誤して作って、こういう形になったんです。だからすごく不思議なパターンの曲になって、それにJ.J.ケールの様なギターを入れてね、そのミスマッチが面白いと。そこに僕と若いRYO君とのコラボでしょ。あれは自分でもなかなか上手くいったと思ってるんですよ。

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