#4 佐野元春 of SPECIAL INTERVIEW

SPECIAL INTERVIEW

佐野元春

80年のデビュー以来、J-POPSシーンに大きな衝撃と影響、そして感動を与え続けてきた佐野元春は今年20周年を迎えます。彼の作品には常にロックンロール・ミュージックに対して真っ正面から臨む姿勢と、先人やシーンに対するリスペクト、さらに愛や希望が込められてきました。またこれを機に、彼の今までの足跡を確認できるアルバム『The 20th Anniversary Edition 1980-1999 his words and music』も発売されましたので、それに合わせて今回特別にインタビューを行いました。

(初出『Groovin'』2000年1月25日号)

佐野元春-Aメイン.jpgーー:まずはデビュー20周年、おめでとうございます。
佐野:どうもありがとう。
ーー:1月21日に20周年を記念したアルバム『The 20th Anniversary Edition 1980-1999 his words and music』がリリースとなりますが、まずこのジャケット写真はいつ頃どこで撮影されたものですか?
佐野:これは80年の新宿ルイードでのものです。『Back To The Street』がリリースされた後、ここによく出ていたんです。その頃の、あるステージのリハーサルの時に撮られた写真ですね。
ーー:今回の『The 20th Anniversary Edition 1980-1999 his words and music』は2枚組全32曲というすごいボリュームで、ほとんどの曲がリミックスされていますよね。それから新録もありますし。こういう構成にしようと思われたきっかけは?
佐野:新しいファンに聴いてもらいたい、という事を考えたんです。でも20年間やっていると、その時代によってアレンジや音の感じも変わってきてしまう。新しいファンが聴いたときに、最近の音と20年前のものを比べると、どうしても違和感が出てきてしまうと思うんです。それをできるだけ揃えて聴きやすくしたいというのが、リミックスした1つの大きな理由なんです。
ーー:今回の収録曲は、どのようにして選んだのですか?
佐野:「アンジェリーナ」以外はすべて僕のセルフ・プロデュースによる曲を選びました。ただし「アンジェリーナ」は僕のデビュー曲で、思い入れもある曲なので入れました。
ーー:「インディビジュアリスト」「君をさがしている」は新録になっていますが?
佐野:この2曲は"The Heartland"と一緒に演ってきた曲だったので、今のバンド"The Hobo King Band"で一度録ってみたかったんです。"The Hobo King Band"はアメリカのルーツ・ロック的な匂いのするバンドなので、「君をさがしている」をフォーク・ロック・テイストで演ってみたら面白いんじゃないかというアイディアが生まれたんだ。12弦ギターのツイン、つまり24弦でやってみたら古の"The Byrds"みたいな仕上がりになった。
ーー:「サムデイ」の様な佐野さんの初期の代表曲もリミックスされていますが。
佐野:「サムデイ」はあるライヴでアレンジをガラリと変えて演ったことがあるんですが、ファンからはすごく不評でした。ただし今回はエンジニアの渡辺(省二郎)さんと出会って、彼の仕事ぶりがすごく僕にとって良かったので、彼だったら(リミックスを)任せてもいいかなと思うようになってお願いしました。あくまでもオリジナルのテイストを残しつつ、新しいファンにも無理なく聴いてもらえるようなサウンドに仕上がったんじゃないかなと思います。
ーー:リミックスの時の面白いエピソードや裏話があったら教えて頂きたいのですが。
佐野:今回ハプニングが2つあったんです。「サムデイ」の最後の方で僕がシャウトをしているんだけど、その部分をたまたまエンジニアがオリジナルと同じようなタイミングでフェイド・アウトしないで、そのままシャウトを残して長めにミックスしてしまったんだ。僕は当時こんなシャウトをやっていた事を忘れていたんだけど、聴いているうちに思い出してきた。そこで僕は考えた。これを残すべきなのか、それともオリジナルに忠実にミックスすべきなのか。そして僕は前者を選んだ。あともう1つは「ジャスミンガール」。間奏のギター・ソロの所に僕のハープが被っていたんだけど、これをオリジナル・ミックスではカットしていたんだ。で、今回のミックスの時にハープが入っていることに気付いて、これも残すことにしたんです。
ーー:新曲「イノセント」も収録されていますが、これに関しては?
佐野:このアルバムに収録されたものと、シングルとでは違うミックスになっています。この曲は20周年を迎えた僕からファンへのメッセージであり、感謝の気持ちを表した曲です。
ーー:では今までにリリースされたアルバムについてのお話をお伺いしたいのですが、まず『Back To The Street』から...。
佐野:このジャケット写真を撮影した場所は、神奈川県民ホールの裏手にある「赤い靴」というお店の前なんです。この店は数年前になくなってしまったんですが、熱心なファン達は何度もここを訪れてくれて、そこには僕への熱いメッセージ・ノートが何冊も残されているんです。これはすごく嬉しかった。
ーー:伊藤銀次さんが初代ギタリストとして参加されていますけれど、初めて出会ったのはいつ頃どこででしたか?
佐野:『Back To The Street』を制作している時に、スタジオで会ったのが最初じゃないかな。僕は、銀次のそれまでのキャリア...例えば"ごまのはえ"や『ナイアガラ・トライアングルVol.1』のことも知っていたので、すごく嬉しかった。
ーー:では次のアルバム『Heartbeat』の思い出を聞かせて下さい。
佐野:このアルバムのレコーディングの時にアコーディオンの音が欲しくなって奏者に来てもらったんだけど、彼は演歌を弾いている人で全然ダメだった(笑)。当時はまだ、ロックンロール・ミュージックの概念の中でアコーディオンと言っても、全然僕が思っていることが伝わらないんだ。そんなことがよくあった。それから僕はランディ・ニューマンみたいなシンガー・ソングライター的なテイストを持った曲を作りたくて、「彼女」が生まれた。
ーー:当時のライヴはどんな感じでしたか?
佐野:とにかく、ライヴでの僕はクレイジーだった(笑)。それにファンも熱狂的だった。『Back To The Street』の頃に横浜の元町にある「舶来屋」というサンドウィッチ屋でよくライヴをしていたんだけど、その建物の上に産婦人科が入っていて、ある時演奏している最中に産婦人科の先生が降りてきて「今赤ちゃんが産まれそうなんで静かにして下さい!」って言うんだ(笑)。あと当時インタビューで「僕はロックン・ロールをやっているんです」って答えると、決まって「じゃあ何でリーゼントじゃないんですか?」なんていう質問が平気で来た(笑)。それから歌詞についての質問を受けたときに「これはライム(Rhyme=韻)を使っている」って答えると、「ライムって、フルーツですか?」なんていう連中がいた(笑)。まだそんな時代だったんだ。例えばヒップ・ホップの連中なんかの間ではライムなんて今や一般的になりましたけど、当時はそんなレベルでした。
ーー:あと佐野さんといえばライヴでのアレンジが変わることで有名ですが。
佐野:いつも僕がピアノやギター1本で最初に弾いてみせて、それにバンドのみんなが合わせていく。段々スタジオで合わせていくうちに、アレンジも変わっていくんだ。
ーー:ライヴと言えば"The Heartland"の最後のライヴ(編集部註:94年9月15日横浜スタジアムで行われたワンナイト・スタンド「LAND Ho! Motoharu Sano with the HEARTLAND」)の時に、「アンジェリーナ」をはじめほとんどの曲がオリジナル・アレンジに戻されて演奏されていましたよね。あれは意図的に戻されたんですか?
佐野:そうです。意図的に戻して演奏しました。"The Heartland"のメンバーと一緒にやる最後のライヴだったから、原点であるオリジナル・アレンジに戻して演奏することに決めて、ステージに立ったんです。
佐野元春-Aサブ.jpgーー:続いてアルバム『Someday』について...。
佐野:この頃までは決してセールス的にいいとは言えない状況だったんですが、でもライヴの動員は目に見えて増えてきていて、ライヴに来てくれた人たちが口コミで広げてくれていたのが大きかった。その中で出した『Someday』はオリコンで4位まで上がって、それがすごく嬉しかったことを覚えています。
ーー:「ダウンタウンボーイ」は、シングルとアルバムではテイクが違いますよね?
佐野:今回はシングルのヴァージョンを再ミックスして収録しました。僕としてはシングル・ヴァージョンの方が思い入れがあるし、荒削りなところはあるけれども、もう一度このテイクをミックスしてみたかったんです。
ーー:「サムデイ」は、一般的にはフィル・スペクターのサウンドを意識した曲と言われていますよね。
佐野:実はフィル・スペクターというよりは、同じ82年の『ナイアガラ・トライアングルVol,2』で大滝詠一さんのセッションを見たときの印象が強くて、それに影響されたという方が近いかも知れない。「レコーディングはこうすればいいんだ」って思いましたし、そういう意味でも大滝さんには感謝しています。その後ある時大滝さんを僕のライヴにお招きして、2階席の中央に座ってもらった。そのライヴの最後で「サムデイ」を歌い終わった後2階席の大滝さんにスポット・ライトを当てて、「この曲は彼なしでは生まれなかった曲です。」と言ったことをよく覚えています。
ーー:『ナイアガラ・トライアングルVol,2』のもうお一方、杉真理さんはどんな印象でしたか?
佐野:杉君とはアマチュアの頃から色々なコンサートで顔を合わせていたんだけど、スタジオでは同級生みたいな感じですね。杉君はいつも「僕がポール(・マッカートニー)をやるから、佐野君はジョン(・レノン)をやってくれ」みたいな感じで。
ーー:そして『No Damage』が83年にリリースされる訳ですが...。
佐野:このアルバムで初めてオリコンの1位を獲れたのが、とても嬉しかった。ただ1位を獲った時に、僕はその事実を知らなかったんだ。その時既にニューヨークにいたから。
ーー:そしていよいよ『Visitors』へと。
佐野:当時、ニューヨークで新しいコンセプトを見つけたいと思ったんです。それを見つけてからまた日本に戻ってこようと。その頃のニューヨークではヒップ・ホップやラップといった新しいストリート・カルチャーが生まれ始めていて、それに大きな刺激を受けました。でも日本ではまだそういう概念がなかった頃なので、『Visitors』に詰め込まれた音を聴いた日本のファンは賛否両論に別れてしまった。
ーー:そして帰国後、84年の秋からは「VISITORS TOUR '84-'85」がスタートしますが。
佐野:この年の後半からは、ライヴに明け暮れていました。「VISITORS TOUR」で僕は全てを吐き出してしまって、85年に『ELECTRIC GARDEN』を発表した以外には、この2年ぐらいは何もしなかったんです。そして今度のアルバムでは"The Heartland"を前面に出したものを作りたいと思うようになって、生まれたのが『Cafe Bohemia』です。
ーー:さて、89年に入って『ナポレオンフィッシュと泳ぐ日』をリリースされますが...。
佐野:このアルバムはロンドンでレコーディングしました。ここにはブリンズレー・シュワルツや、エルヴィス・コステロのバックをやっているピート・トーマスといった、いわゆるパブ・ロックの系譜のミュージシャンが参加してくれています。
ーー:日本とニューヨーク、ロンドンのミュージシャンでは何か違う気質がありますか?
佐野:ニューヨークのミュージシャンはわがままで自己主張が激しい。イギリスのミュージシャンは日本人と共通するものがあって、謙虚さがありますね。
ーー:佐野さんご自身がこれ以降の作品で特に思い出深いものを挙げるとすれば、どのアルバムになりますか?
佐野:93年の『THE CIRCLE』ですね。このアルバムは自分でもすごく完成度の高い作品だと思っています。あと"The Heartland"のメンバーと作った最後のアルバムですので、思い出深いですね。
ーー:最後になりましたが、今後の佐野さんの活動予定をお聞かせ下さい。
佐野:1月(29日)からは、20周年のツアーが始まります。このツアーは、20年間のファンへの感謝の気持ちを込めたステージにします。3月まで全国をまわりますので、是非見に来て下さい。それからインターネットでも20周年を記念して画期的なホーム・ページを開設しますので、お楽しみに。

(1999年11月30日 M's Factoryにて)
インタビュー&構成:土橋一夫(編集部)

『The 20th Anniversary Edition 1980-1999 his words and music』
佐野元春-J.jpg




CD
エピック・レコード
ESCB-2080〜81
¥3,800(税抜)
発売中

デビュー20周年を迎えた佐野元春の、次世代に伝えたい作品を厳選収録したベスト盤。新録やリミックスも多数収録され、オールド・ファンから新しいリスナーまで納得の全32曲入り。新曲「イノセント」の20th anniversary editionも収録。初回仕様は三面紙ジャケット&透明三方背BOX。

【佐野元春 : オフィシャル・ファンサイト - Moto's Web Server】www.moto.co.jp/

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