杉真理 of SPECIAL INTERVIEW

SPECIAL INTERVIEW

杉真理

今回は大滝詠一さんの『ロング・バケイション』が20th Anniversary Editionで再発ということで、ナイアガラ関係者の中から杉真理さんにインタビューさせて頂きました。杉さんは1982年の『ナイアガラ・トライアングルVol.2』に佐野元春さんと共に参加され、文字通りJ-POPSを支え続けてこられたキー・パーソンとなる方です。今回は『ナイアガラ・トライアングルVol.2』のお話を中心に、色々と大瀧さんとのエピソードやご自身のお話などをお伺いしてきました。最新ソロ・アルバム『POP MUSIC』の話題も含めた興味深いお話満載でお送りするこのスペシャル・インタビュー、どうぞ最後までおつき合い下さい。

(初出:Groovin'別冊『WE LOVE NIAGARA!!』2001年3月21日発行)

PART 1

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ー:今回『ロング・バケイション』がめでたく再発されるということで、関係の深い杉さんに是非お話をお伺いしたいと思いまして、インタビューをさせて頂くことになったのですが、ではまず杉さんが最初に大滝さんというお名前を意識されたのはいつ頃でしたか?
杉:高校時代ですね。僕は当時ずっと洋楽志向だったんですが、その頃にいいなと思った日本のバンドがはっぴいえんどだったんです。僕は福岡生まれなんですが、小学校から中学校は東京で育ちまして、でまた父親の転勤で福岡に行って、なんとなく都落ちしたみたいな感じで。そんな時に日本のものでいいなと思ったのが、はっぴいえんどとチューリップだったんです。はっぴいえんど聴いて、僕はその中でも大滝派だったんです。
ー:ということは、まさにタイムリーで聴かれているんですよね?
杉:『ゆでめん』の頃だから。70年代の頭ですね。(はっぴいえんどのメンバーは)4人みんな好きでしたけど、特に大滝さんにはポップなものを感じて。もちろんみんな好きですよ。
ー:でもあの4人の中での大滝さんの存在って、ちょっと違うところがありましたよね。4人それぞれの個性があって、その中で役割分担が決まっていて。
杉:そうですね。僕はちょうどその頃、バッファロー・スプリングフィールドが好きだったので…特にスティーヴン・スティルスが好きだったんですよ。だから今から思うと、それで特に大滝さんに惹かれちゃったのかな、と。もちろん大滝さんの中のスティーヴン・スティルス的なところだけじゃないんですけど。後で知ったんですよ、大滝さんがスティーヴン・スティルス好きだっていうことは。
ー:その辺は共通するところがあったんですね。
杉:そうですね。でも例えば大滝さんがフィル・スペクターとか、古いものに詳しいっていうことは最初は分からないじゃないですか。情報も無いし。今から思うと「ああ、こういう風に反映されているんだ」って分かるんですが、当時はっぴいえんどを聴いた限りでは、そういうところまでは分からなかったですよね。
ー:当時、はっぴいえんどを生でご覧になられたことは?
杉:それはないです。福岡でしたから。
ー:でも1度、能古島に行かれたことがあるんですよ。
杉:ホントに!
ー:72年ぐらいですね(編集部註:72年8月6日に博多の能古島で行われたイベントに出演している)。甲斐よしひろさんが高校生ぐらいの頃にそれを見られてるんですよ。その前に長崎で長門芳郎さんがまだアマチュア時代に地元のイベント(編集部註:72年8月5日に長崎市公会堂にて行われた「大震祭Vol.3」)を企画されて、はっぴいえんどを呼んだんです。その帰りに今度は長崎から福岡まで長門さんが車を運転されて移動したっていう話を、聞いたことがありますね。じゃあ当時生で見たことはないと。
杉:そうですね。当時色々と話では聞いてましたが、でもまだ僕の周りではそんなに(はっぴいえんどは)盛り上がってなくて。だから僕が見つけたんですけど(笑)。
ー:では周りで聴かれている方は、そんなには…。
杉:いませんでしたね。福岡でしたから。
ー:その後、実際に大滝さんにお会いになられたのは、いつ頃だったんですか?
杉:川原(伸司)さんという僕のビクター時代の担当(編集部註:作曲・編曲家としての名前は、平井夏美さん。井上陽水氏の「少年時代」をはじめ名作を多く発表している。川原さんは杉さんがビクターからMARI & RED STRIPESとしてデビューした時の担当だった)がいて、今でも一緒に仕事している人なんですけど、その川原さんの結婚式で大滝さんとお会いして「ファンなんですよ」って言ったら、大滝さんシャイなところがあるから「あ、そう」みたいな感じで。それが最初です。
ー:でもその後まさか一緒に仕事をすることになるとは…。
杉:そうですね。
ー:あともう1人のナイアガラ・トライアングルのメンバー、佐野元春さんとの出会いは?
杉:佐野君とは、大学時代ですね。僕は竹内まりやとバンドを組んでいて、ヤマハのポプコンに出たとき、佐野君も出てたんですよ。佐野君はマナちゃんとかとバンド組んでいて。彼が17〜18歳ぐらい。高校から大学ぐらいの頃ですかね。彼は立教でバンド組んでて、僕は慶応でバンド組んでたんです。そこで彼が演奏した「Bye Bye C-Boy」っていう曲がすごく良かったんで「すごくいいね」って言ったら、彼も僕のスタイルに共感してくれまして、それで言葉を交わしたんです。
ー:杉さんの当時のバンドは、どんな感じだったんですか?まだアマチュア時代ですよね。
杉:まだ学生時代のメンバーで、キーボードが2人いて、オルガンとコーラスが竹内まりやでしたね。
ー:その後のレッド・ストライプスと当時のメンバーは、まりやさん以外はダブってないんですか?
杉:その頃はダブっていないと思いますよ。レッド・ストライプスのもっと前ですから。
ー:その時演奏されたのは、どんな曲だったんですか?その後発表されていない曲ですよね?
杉:ラグ・タイムっぽい曲で。最終的にはデキシーランドっぽいラッパを入れたりして、やってましたね。
ー:当時は、そういったものをよく聴かれていたんですか?
杉:今から思うとポール・マッカートニーのそういうところを目指したんですね。
ー:でもそのコンテストで佐野さんが演った「Bye Bye C-Boy」がその後巡り巡って『ナイアガラ・トライアングルVol.2』に入ることになるとは…。
杉:そうでうね。すごく面白いものですよね。
ー:当時の「Bye Bye C-Boy」って、その後のヴァージョンとかなり違ってましたか?
杉:イメージは同じでした。
ー:当時の佐野さんのバンドも、大人数の編成でしたよね。
杉:彼のバンドにもホルンとか入っていて、僕のところはその時だけある人の紹介でトランペットを入れたんです。基本的には普通の5人のバンド…ドラム、ベース、キーボードが2人に僕っていうスタイルでした。
ー:その後レッド・ストライプスへと移られていく訳ですが、例えば杉さんは当時バンドの掛け持ちをされてたりということはあったんですか?
杉:それは無かったですね。
ー:そのポプコンで1度、佐野さんとの出会いがあって、その後お互いにプロで活動されるようになって再び『ナイアガラ・トライアングルVol.2』で再会する訳ですが、『ナイアガラ・トライアングルVol.2』の3人が集まるきっかけとなったのはどんなことだったんですか?
杉:新宿にルイードというライヴ・ハウスがあって、そこで当時"ジャパコン"…ジャパニーズ・コンテンポラリー・ミュージック…という、レコード会社の枠を越えて4人のアーティストを集めて4日間ライヴをやろうという企画があったんですね。新進のシンガー・ソングライターを売り出そうという企画だったんですけど、その"ジャパコン"の最初の日(の出演)が佐野君で、最終日が僕だったんです。で、最終日に僕が演るときに大瀧さんが見に来てるよっていうのを聞いたんで、そこで大滝さんをステージの上に呼んだら、大瀧さんが「70年代には『ナイアガラ・トライアングルVol.1』っていうのがあって、80年代に『Vol.2』をやろうと思うんだけど、1人は杉君どう?」ってその場で言われたんです、いきなり。お客さんは大盛り上がりで拍手してて「で、もう1人は佐野君」って大滝さんが言って、佐野君もステージに上がってきて。その4日間の最後の日だったんで、4日間に出演した4人が…あとは網倉一也君と浜田金吾君だったんですけど、その4人のアーティストが最後に全員でやろうということでみんな来てたんですが、大滝さんが佐野君に「どう?」って訊いて佐野君も「やります!」っていうことで、その場で決まって。だから事後処理が大変だったと思うんですがね(笑)。
ー:ということは、大瀧さんは初めからそれを発表するつもりで来られていたんですかね?
杉:そうでしょうね。
ー:そのことは事前に誰も知らなかったんですよね?
杉:そうですね、僕の周りでは。でも風の便りで、五十嵐浩晃君を入れて『Vol.2』をやるっていう噂があったんで、「へー、じゃあ『Vol.2』が聴けるんだな。楽しみだな」なんて思ってたら、いきなり指名されまして(笑)。
ー:それは驚かれたでしょうね。でも今から思うと、そういう状況を作ってしまってやらざるを得ない方向に持っていってしまおうという計画だったんですかね?
杉:そうですよね。レコード会社の垣根とかありますから。たまたま同じソニー・グループではありましたけど、でもそれなりにそういう色々めんどうな問題がありましたから。事務所も違いますし。
ー:当時はまだまだ、レコード会社ごとの区切りがはっきりしてましたからね。でもいきなりそれでご指名を受けるとは。大滝さんはきっとそういうことを考えられた上で、発表された気がしますね。で、3人でレコーディングを始められるにあたって、何か最初になされた事ってありました?
杉:確か3人で食事に行きましたね。でもそんなにミーティングはなかったですね。佐野君は歳は僕より2つ下なんですけど、でも『ナイアガラ・トライアングルVol.2』の中では言ってみれば長男で、僕が次男みたいな感じがあって。だから結構大瀧さんは佐野君には注文出してましたね。例えばフェイド・アウトでトラック・ダウンが終わっている曲を、カット・アウトにした方がいいとか、無理難題を(笑)言ってましたね。佐野君は真面目だから。で僕は放任主義だったから…川原さんがいたこともあったし、でちょうど『ナイアガラ・トライアングルVol.2』と僕の『OVERLAP』を同じ頃にレコーディングしていたので、大滝さんに「この曲をこのアルバムに入れたいんですけど?」とか訊くと、「それじゃなくて、こっちの曲を入れた方がいいんじゃないの」とかそういう事は言われましたが。あと細かな事は、ほとんど僕には無かったですね。だから好きにやらせてもらいましたね。
ー:その時のレコーディングって、3人がそれぞれ別々に進めていたんですよね。
杉:そうですね。で折角だから、僕の「Nobody」っていう曲には佐野君にコーラスを頼んだり。「A面で恋をして」は3人で録りましたけどね。
ー:一番最初に録られたのは?
杉:「A面で恋をして」でしたね。
ー:その時の大瀧さんのレコーディングされてる時って、どんな感じでしたか?色々と注文とかあるんですか?
杉:そうでもなかったですね。でも持って行き方がうまいですよね。細かいことをその場でどうするとかじゃなくて、雰囲気を大切にするというか。でもその前に1回、当時の大瀧さんの出版社で3人で集まって、コーラスのパートを考えて「ここが杉君のソロ、ハーモニーのここは下を歌って」とか、そんな感じで事前に打ち合わせはあったんですが。その後サウンド・インの大きいスタジオでマイク3本立てて、3人で同時に歌入れしました。1人1人のソロの時は、それ以外の2人は向こうで見てるという感じで。楽しかったですよ。
ー:ということは「A面で恋をして」に関しては、それぞれがフルで通しで歌っているテイクは無いんですね。パート分けが初めからなされていて。というのは『ナイアガラ・トライアングルVol.1』の「幸せにさよなら」の時は、大瀧さんと達郎さんと銀次さんがそれぞれみんなが通しで歌っているテイクがあるんですよ。よく『新春放談』でかけられてますが。達郎さんが頭からずっと歌っているテイク…もちろんサビの部分は銀次さんが主旋律を歌って、達郎さんはハモるんですけど…とか、大瀧さんがずっと歌われているヴァージョンとかあるんですよ。それを後から繋げたらしいんですよね。そういう感じではなかったんですね。
杉:僕等のときは、ハーモニーのところは3人で同時に録って、ソロの時はそれぞれというやり方でしたね。
ー:でもすごいメンバーが3人揃っていたので、きっとレコーディングも大変だったんじゃないかななんて勝手に当時は想像してたんですが。
杉:いや、そんな感じじゃなかったです。でも不思議なことに、その後録ったピカデリーサーカスの「Baby! it's all right」は同じスタジオだったんですよ。で同じようにマイクを立てて何人かで歌ったんで、「ああ、これどこかでやったことあるな?」って思ったんですよ。
ー:で先ほどお話に出た、どの曲をどっちのアルバムに入れようかっていうお話ですが…。
杉:僕は最初、結果的に『OVERLAP』に入った「Lonely Girl」や「ラストナイト」を『ナイアガラ・トライアングルVol.2』に入れたらどうかなって思っていたんですが、そうしたら大滝さんが「これより「LOVE HER」の方が杉らしいよ。こっちの方がいいんじゃない」っていうことで。あと「夢みる渚」を選んだ大瀧さんの理由は、当時僕のマネージャーだった谷村(有司)さんが「夢みる渚」を気に入ってるんだよっていうことで(笑)。恐らく大瀧さんには他にも理由があったと思うんですが、でも当時はそう言ってましたね。谷村さんが嬉しそうな顔しながら、「これがいいよ」って言うから(笑)って。あと「Nobody」に関しては僕が初めてビートルズっぽいものを書いた曲だったんですよ。元々ビートルズの影響は受けてるんですけど、あれは特に一番レアな形に近いもので、僕は気に入ってたんです。でも僕の周りのスタッフ達は「ビートルズが好きな僕たちにはいいけど、今の若いリスナーにはビートルズっぽいものは分からないよ」って言われたんですね。で、これはやめて自分のアルバムに使った方がいいよって言われて。でもそこに大瀧さんが出てきて、「今度の『ナイアガラ・トライアングルVol.2』の隠れたコンセプトは、リバプール・サウンドだ」って言ったんですよ。大滝さんが「あれをやりなさいよ」って言ってくれたんで、「Nobody」を入れたんですよ。でも入れてみたら、結果的にあれが一番若い人たちにアピールできたんですよ。で、当時の僕等のスタッフも考え直して、ビートルズっぽいっていうものは自分たちだけのものじゃないんだっていうことで。僕自身にとっても「Nobody」を入れた事で、ビートルズっぽいものを自分たちの世代だけの間に閉じこめておいちゃいけない、っていうことを感じましたね。もっと拡大解釈すれば、大滝さんにとってのフィル・スペクターなんかを自分たちの世代だけに閉じこめてちゃいけないという、その現れのひとつがナイアガラ・レーベルの特徴になったんじゃないですかね。
ー:そういう意味では、大瀧さんにもそういう狙いがあったのかも知れませんね。例えば僕らの世代ですと、直接的なビートルズの影響はほとんどなくて、むしろ間接的に誰かから聴かせてもらったり、杉さんなんかの音楽を通じてビートルズを知るっていうようなことも多かったですから。だからきっと大滝さんは、次の世代に伝えるという意味も込めて隠れたコンセプトを考えられてたんでしょうね。
杉:そうですね。大瀧さんのごり押しって言うんですか(笑)、例えばフィル・スペクターにしてもあそこまでやる人は誰もいなくて、しかもそれが新しい形で蘇るとものだいうことを誰も知らないときに大瀧さんはやったじゃないですか。そこがね、大瀧さんの偉大なところだと思うんですよね。でもそれをやるのって相当なエネルギーが必要じゃないですか。だからビートルズっぽいことを僕が自分でやるのは、実は大変だということをあの時に学びましたね。
ー:大瀧さんは常に、そういうことを考えられておられてる方ですね。
杉:分かりません、何を考えているのかは(笑)。そこがいいところなんですけどね。大瀧さんって色々なものを選択肢にして、それをサイコロにして投げる、出た目をやるみたいなところがあるんですよね。それは必ずしもランダムっていう言葉で言い表せるものじゃなくて、ちゃんと計画されていながら、実は計画的に見えないところがあるんじゃないかと。(山下)達郎君ともそんな話を1回したことがありますね。
ー:そうですね。思わぬところに行きますよね。あと大瀧さんって何回かガラッと作風が変わる時がありましたよね。例えばはっぴいえんどの初期に、まさかその後に音頭ものやるなんて想像もつかなかったでしょうし。それだけ引き出しの多い方なんですよね。
杉:ほんとに、グレイトだと思いますよ。
ー:『ナイアガラ・トライアングルVol.2』の時の大瀧さんのレコーディングを、杉さんはご覧になられたりはしてるんですか?
杉:大瀧さんのスタジオには基本的に入れないことになってますから(笑)。特に歌入れとかはね。
ー:歌入れの時にはスタジオの奥に衝立をして、その向こうで見えないようにして歌っているっていうのは、本当なんですか?
杉:歌入れの時は、大瀧さんはコンソールの前にマイクを立てて、自分でパンチ・インしながら歌うんですよ。ミキサーも僕が行った時はいなかったんじゃないかな。で、スタッフはその間、鍵かけたスタジオの外で待っているという(笑)。もちろんオケ録るときは、あの伝説的な…ピアノが何台も最初それぞれのパートを練習し出して、まるで部活みたいに(笑)。それからせーのでやって、それを2チャンネルに落としてという。
ー:みんなと合うまで練習するっていうのがすごいですよね。『ナイアガラ・トライアングルVol.2』の時も、大瀧さんはまさにそんな感じだったんですね。
杉:そうですね。あの時は大瀧さんが一番(レコーディングが)遅れてたのかな。佐野君が一番早く上がって、その次が僕でぎりぎりで上がって、最後に大瀧さんでしたね。
ー:でも同時進行でスタートしたんですよね。
杉:そうですね。でも僕にしても佐野君にしても、自分のソロ・アルバムのレコーディングも兼ねてましたからね。
ー:でも結果的に「ラストナイト」とか『ナイアガラ・トライアングルVol.2』に入らなかったものは、「夢みる渚」のカップリングになったり、次のアルバムに入ったりということでしたよね。
杉:そうだ、忘れてた(笑)。「夢みる渚」のB面だったんだよね。
ー:あの時は確か『ナイアガラ・トライアングルVol.2』から3人が1枚ずつソロ・シングルを切って、しかもそのB面は『ナイアガラ・トライアングルVol.2』には入っていないという企画でしたよね。
杉:そうですね。3枚集まったプロモーション盤がありましたね。僕、持ってますよ。3人のサイン入りで(笑)。
ー:それ、めちゃめちゃレアですよ(笑)。そう考えると、その時にはそれほど『ナイアガラ・トライアングルVol.2』とそれぞれのソロを分けて考えてはいなかったようですね。
杉:そうですね。まあ佐野君に関しては、大瀧さんに電話で色々と相談したり、指示を受けたりしていたみたいですね。
ー:佐野さんとは2人で「Nobody」のコーラスに「♪Oh, Yeah」っていうのを入れるので何度も練習して盛り上がったんですよね。
杉:あれは佐野君を呼んで、ジョン・レノンとポール・マッカートニーみたいな感じで。もちろん佐野君もビートルズ大好きだから、すぐうまくいきましたね。「おお、ビートルズみたい」って2人で言い合ってね。
ー:あの曲が出来た時点で、佐野さんしかいないっていう感じだったんですか?
杉:もう『ナイアガラ・トライアングルVol.2』であの曲をやることになった時点で、佐野君にやってもらえたらいいなって思ってましたんで。
ー:ホントにピッタリでしたね。僕なんかは、あの曲を聴いてビートルズを再確認したというか。そういう人、多かったんじゃないですかね。
杉:嬉しいな。
ー:そういう意味では、僕の中のビートルズ再確認の起爆剤になったのは、あれとBOXだったんですよ。それで昔買ったビートルズのレコードを引っ張り出して聴いてみたり、レコード屋さんに買いに行ったり。あと「A面で恋をして」についてですけど、この曲は松本隆さんが詞を書かれてますが、松本さんとの繋がりは?
杉:松本さんとはですね…はっぴいえんど時代からずっと僕は松本さんの詞が好きで、もちろん今でも好きで、日本で一番好きな作詞家なんですよ。たしか(松田)聖子ちゃんに曲を書いたのが同時期ぐらいにあったんだけど、「A面で恋をして」とどっちが先だったかな?(編集部註:1981年に松田聖子に「雨のリゾート」(アルバム『風立ちぬ』に収録〜作詞:松本隆、作曲:杉真理、編曲:鈴木茂〜を提供している)多分松本さんの詞を自分で歌ったのは「A面で恋をして」が最初だったんじゃないかな。でも松本さんとは、あのレコーディングでは会わなかった気がしますね。それよりも聖子ちゃんの「真冬の恋人たち」という、僕の曲じゃないんですけど、その時に聖子ちゃんとデュエットさせてもらって。すごくいい曲なんですよね。詞もいいし。で、細野さんは大天才みたいな感じで、(鈴木)茂さんは僕のレコーディングで既に一緒にギター弾いてもらってて、それは今まで続いているんですけど。だからギタリストと言えば、茂さんを呼んでレコーディングしてたんですね。
ー:すべてはっぴいえんどから繋がっているんですね。あともう1つ収録曲でお訊きしたいんですけど、「ガールフレンド」っていう曲はどういう経緯で出来た曲なんですか?
杉:あれは元々、まりやのデビュー・アルバム用に書いた「目覚め」っていう曲(編集部註:1981年のアルバム『ビギニング』に収録)だったんですよ。竹内まりやがデビューするときに書いたマイナー・コードの曲だったんですけど、自分で歌いたくなって。で、まりやの詞は女性の詞だったんで書き直させてくれるって言ったら、作詞家の松山猛さんは快く「いいよ」って言って下さって、それで詞を書き直して自分で歌ったんです。
ー:ご自身で歌われてみて、どうでしたか?女性向けに書かれたのと、いざ自分用にリメイクして歌われるんじゃ、感じが変わりますよね?
杉:そうですね。でも元々まりやに書いた時は詞はついていなかったんで、曲先でしかも英語の詞かなんかを適当に付けて歌ってたんですよ。当時僕の両親が浅草に住んでいたんでその浅草の家にまりやが来てくれて、お風呂場のエコーを効かせてデビュー・アルバムの曲を2人でハモったのを覚えてます。その後確かまりやはデビュー・アルバムをアメリカでレコーディングしたのかな。最初は英語の詞だったんで、意外と違和感なかったみたいでしたよ。
ー:でもいい曲ですよね。僕は「ガールフレンド」と「Nobody」がすごく印象に残ってますね。あともう1曲「夢みる猪」じゃなかった(笑)、「夢みる渚」については?
杉:(大笑)これはね、まりやの何枚目かのアルバム用に書いてボツった曲だったんですよ、実は。その時に、今回は自分なりにやろうと思って大瀧さんに聴かせたら、さっき言ったみたいな理由で「これは入れよう」ってことになって。
ー:入れてみて、いかがでしたか?
杉:入れて良かったと思いますよ。大瀧さんのチョイスはことごとく当たっていましたね。
ー:後になってあのアルバムをもう一度よく聴いてみると、曲のセレクションも抜群だし、バランスも絶妙ですよね。ちょっと大滝さんのおちゃらけ方は足りないかも知れませんが(笑)。
杉:その分、シングルのB面(編集部註:大滝詠一のシングル「♡じかけのオレンジ」のB面に収録された「ROCK'N'ROLL 退屈男」のこと)でやってますからね。で、当時はアナログだったんでB面の1曲目っていうのはポイントで、そこに「Love Her」が出てきて、その後佐野君がもう一度登場して、最後に大瀧さんで締めるということで、計算されてますよね。
ー:そう、アナログの時ってA面のラストとかB面の1曲目とか、そういう裏表で切れる部分があるじゃないですか。でも今のCDでは1曲目からラストまで続けて聴くわけですから、そういった意味で曲順の構成上の面白さって以前よりも減ってる気がするんですが。
杉:それは僕も思うんですよ。だから今度の僕の新しいアルバム『POP MUSIC』では、曲目のクレジットがこういう風に(編集部註:裏ジャケの曲目クレジットが昔のアナログ盤の様に、1曲目から6曲目と、7曲目から11曲目で列を分けて書かれている。つまりアナログ盤でいうところのA面にあたるのが1〜6曲目、B面が7〜11曲目という構成。もちろんCDなので続けて聴けるわけだが)書かれていて、しかもA面の最後にあたる6曲目にレコードをかけ直す曲「A sideからB sideへ」っていう短い曲を作って入れてあるんです。続けて聴いてると7曲目だか8曲目だか分からなくなるじゃないですか、どんな好きなアーティストのCDでも。やっぱり(レコードの場合は)裏返すことでひと呼吸置いたり、余裕を感じたりということがあると思うんです。僕はその形式美は大事にしたいんで、やってみたんですよ。話は戻りますけど、だから『ナイアガラ・トライアングルVol.2』はA面、B面というのを大事にした作りですよね。
ー:そう考えると、『ナイアガラ・トライアングルVol.2』の曲の並びは絶妙ですね。こういった曲順の楽しみっていうものが、CDだと失われてる気もしますね。
杉:そうですね。
ー:だからこういうA面からB面へのチェンジの歌を作らざるを得なくなってくると。
杉:最初は(『POP MUSIC』は)2枚組にしようかとか、両面はできないかとかも考えたんですが、ただCDの便利さは僕も好きなので、じゃあそれを曲でやってみようってことにして40秒ぐらいの曲を書いてみたんですけどね。
ー:大瀧さんにも「あの〜、サイド1終わったんですけども」ってA面の最後にナレーションが入るレコードがありましたよね。
杉:ありましたね。
ー:『ゴー・ゴー・ナイアガラ』ですね。ああいう遊びですよね。
杉:遊びの心ですよね。
ー:『ナイアガラ・トライアングルVol.2』のレコーディングで、3人のセッション全てに関わっている方っていましたっけ?
杉:島ちゃん(ドラマーの島村英二氏)が全部入ってますね。BOXや、今の僕のソロ・コンサートでも一緒にやってますね。

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