ナイアガラ放談 of SPECIAL INTERVIEW

ナイアガラ放談

サエキけんぞう×森 勉(PET SOUNDS)
×土橋一夫(『Groovin'』編集長)

(初出:Groovin'別冊『恋するふたりのナイアガラ』2003年5月21日発行)

PART 1

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土橋:今回、5年半ぶりとなる新曲『恋するふたり』がリリースということで、今日はお集まり頂きまして、これから色々3人でナイアガラや大滝さんについての思い出話をしていきたいと思うんですが、ちょうど僕も含めたこの3人は少しずつ違う世代と言いますか…サエキさんは70年代からのナイアガラ・ファンですし、森さんは『ロング・バケイション』が出た81年にPET SOUNDSというレコード店をオープンされて、それ以来作品を販売される側…もちろんそれ以前のエレックやコロムビア時代もよくご存じですが、そして僕は完全に『ロング・バケイション』世代、ということになるんですよね。
サエキ:レコード屋さんを開かれると、また独特の深さというか広がりをお持ちですよね。
森:そうですね。でも実は『ロンバケ』の20周年の時までは、それほど気にしてはいなかったんですよ、『ロンバケ』が出た81年に店も出来たっていうことは。でも『ロンバケ』が出たのと店が出来たのがちょうど1ヶ月ぐらいのズレでね、でちょうど20周年も同じぐらいの時期だったので、何とも奇妙なご縁を感じていますがね。
土橋:でも節目としては、いい組み合わせですよね。
森:そうですよね。
サエキ:『ロンバケ』自体が日本のAORの走りだということは大滝さんご自身も仰ってましたけど、それをご本人が意識されて…例えばジョン・デヴィッド・サウザーといったものとか…それを大人が買うレコードと言うか、大人のための曲というか、もちろん僕らファンも一緒に大人になっていく訳ですけど、(『ロンバケ』の発表は)そういう方向を出し手側が意識して、そちらにシフトしていった瞬間でもあったと思うんですね。でも大人と同時に子供も聴いていた訳ですけどね。僕は当時、南房総に小旅行に行った時に、そこで大学のテニスのサークルで合宿をしている人たちに会ったんですよ。5月でしたけどね。そこで「Pap-Pi-Doo-Bi-Doo-Ba物語」を歌いながらテニスをしている女の子を見て…。
土橋:エー!
森:それは驚きですね。
サエキ:そうなんですよ。これは衝撃でしたね。あの"はっぴいえんど"の大滝さんの歌を、テニスをしながら歌ってる女の子がいる!っていうことで。ずーっと歌ってるんですよ、その子はテニスしながら。
土橋:それは(東芝EMIの)子安(次郎)さんの娘さんが、小さい頃に幼稚園から帰ってきたら「♪ひとりでふたりで三ツ矢サイダー」って歌ってたっていう話と似てますね(笑)。
サエキ:それが結構ショックでね。ある意味本当にメジャーになったんだと、思いましたね。でもその頃は、ファンは売れてきたという実感を持ち始めた頃で、本当にその後の(大ヒットしたという)結果を見てない訳ですから、こういう瞬間に本当に売れたんだということを実感したんですよね。チャートを見るとか、そういうこと以外でね。誰かがどこかで歌ってたとか、全然知らない人が話題にしてたとかね。その後驚いたのは、市川の美容院に行ったときにそこのスタッフの女性が、自慢げに「大滝詠一って知ってる?」とか言いながら、「彼がやってるラジオ番組が面白いのよ」とか話すんですよ。僕もとぼけて「そうなんですか」とか言って聞いてたら、喋るは喋るは(笑)。何で僕がその美容師に大滝さんの話を聞かされなくちゃならないのか(笑)。それは『ロンバケ』が出てから1年後ぐらいのことですけどね。今までロックも聴かなかったような普通の人に、大滝さんのストーリーを説明されるとは(笑)。これはすごく『ロンバケ』がメジャーになってるんだなって。でもそれまでは、とてもヘヴィな若者ユースであった"はっぴいえんど"から第1期ナイアガラまでの流れが、完全に国民的な対象になったということに、感無量な思いがありましたね。
森:僕も実際にお客さんと接していて、それを感じましたね。自分で店を開く前もレコード店で仕事をしていたので、それまでの経緯としてハッキリ言ってナイアガラのレコードは普通の方はあまり買ってくれないと(笑)。そういうのがあったんですけど、『ロンバケ』が出た81年という年は、とにかく今までだったら買っていかないようなタイプの方までもみんな手に取ってね、買って行かれたんでね、本当に売ってて嬉しい感じがありましたよね。ついついお客さんに説明したくなっちゃうんですよね(笑)。大滝さんはその昔"はっぴいえんど"っていうバンドをやってらした方で、とかね。
サエキ:以前「イトイ新聞」にも書いたんですけども、『ロンバケ』が出た3月21日その日に(神保町の)ササキレコードで買ったと思うんですけど、そこから500m程水道橋寄りに歩いていくとBONという喫茶店が白山通り沿いにありまして、そこではメトロファルスの伊藤ヨタロウ君が店員をやってて、溜まり場だったんですよ。喫茶店と言うよりはもう少し華やかで、みんなランチを食べてるような大きな作りの店だったんですけど、そこで曲を色々かけてもらってたんです。"はっぴいえんど"系の曲とか"はちみつぱい"をかけるっていうことは、その場にある種特殊な雰囲気を醸し出すところがあったんですけど、大滝さんの『ロンバケ』は洋楽をかけた時のような反応で、みんなが「これ何ですか?」っていう感じで寄ってきましたね。店の雰囲気を明るくメジャーな感じにするんですよね。でもそれはね、僕は常々いつかこういう日が来るのかなって心の隅で思っていたぐらいに、違和感がないんですよね。でも実は、そこなんですよ。例えばいきなりある日売れる人とかいるじゃないですか。しかも予想を覆す変身ぶりで売れる人もいますけど、でも大滝さんの場合はごく自然に始まった現象というか。YMOと違うのは、そこなんですよね。YMOが売れた時は事件で、ある種異様なことが始まったっていう感じがしたんですね。表参道でウォークマンを聴きながらローラー・スケートで走る人が出てきた、そしてYMOを聴いているみたいな。実際にそういう人がいたかどうかは分かりませんけど、明らかに異分子という感じですよね。でも大滝さんの方はあくまでも自然に始まった感じがして、そこが印象的でしたね。
土橋:だから、当時も仕掛けて売ったっていう感じはなかったですよね。自然発生的に売れてきたというか。
サエキ:そうなんですよ。
土橋:だからチャートもいきなり上がったんじゃなかったですし、徐々に上がってきていつの間にか上に来てたっていう感じでしたよね。
サエキ:そう、数ヶ月か半年後ぐらいですよね。
森:あの年は寺尾聰の「ルビーの指輪」が出た年なんで、上にはそういうものがいて1位にはなれなかったんですよね。でも少し売れ出してからのプロモーションは、すごかったですよね。アルバムの中からシングルを何枚も切るとか。
サエキ:反応を見ながら、シングルを切っていった訳ですよね。
森:それでそのシングルの切り方もどんどん立て続けに切っていくとか、あと冬になると冬用のジャケットっていうのが出たり。
土橋:ビニールのカヴァーで別絵柄のジャケットを作って、それをレコードに被せていったんですよね。冬ジャケと夏ジャケがあったんですよね。
森:そう。その頃は、1回『ロンバケ』を買った人が、ジャケが違うからこれをまた買おうなんて思わない時代だったんですけれども、でも今から思うとこういうプロモーションの方法は現代の先取りだったんですよね。
サエキ:絵柄が違うから買ってみようとか、今ならありますけどね。
土橋:冬ジャケは「さらばシベリア鉄道の」絵柄で、夏ジャケは「雨のウエンズデイ」と同じだったんですよね。そういう戦略的なものは後付で色々出てきますけど、今考えるとそういった部分も功を奏してどんどん売れていったのかも知れませんね。
サエキ:決して焦らない売り方ですよね。
土橋:でもそれが出来るのは、作品に対して絶対的な自信があるからですよね。
森:そうですね。色々な相乗効果が上手くいったんじゃないかと思いますね。例えばその後に松田聖子に「風立ちぬ」を提供したりとか、そういったところで全く大滝さんを知らない層に、自然と大滝さんのサウンドを聴かせる機会を作ったり。松田聖子のアルバム『風立ちぬ』のサウンドを聴いてれば、『ロンバケ』を聴いても違和感はない訳ですから。同じミュージシャンで同じサウンドなので。
サエキ:『風立ちぬ』を聴いたときは、まさにミニ・ロング・バケイションというか、そんな感じを受けましたよね。A面が全部大滝さんのサウンドでね。
土橋:あと松田聖子にしても『ロンバケ』にしても、基本的に詞が松本隆さんっていうのが共通項でありましたしね。松田聖子も「白いパラソル」ぐらいから松本さんが書くようになって、その後は作曲者もいわば松本さん人脈の方が多くなりましたよね。大滝さんとか、細野(晴臣)さんとか、財津(和夫)さんとか。
サエキ:編曲が鈴木(茂)さんだったり。
森:そうですよね。松田聖子を聴いていた人たちは、下は当時小学生だったと思うんですけど、そんな子たちにもすんなり(大滝さんのサウンドを)聴いてもらえたんですよね。それに僕たちも、薦め易かったんですよ。松田聖子を聴いている人には。別にプレゼンテーションっていうことではないんですけど、「松田聖子ちゃんが好きだったら、じゃあこんなのはどう?」みたいな感じでね。「この「風立ちぬ」を書いてるのはこの人なんだよ」っていう薦め方が出来たんですよね。
サエキ:当時の聖子ちゃんは、すごい人気でしたからね。松田聖子は例えば初期の写真を見てもそうだし、歌を聴いてもそうなんですけど、まだ全然大歌手になっていない頃、「白いパラソル」で少しそんな(大歌手になるような)気配が見えるようになってきて、「風立ちぬ」とその次のYuming作の「赤いスイートピー」でいきなり大物感が出てきたんですよ。でもどこからその大物感が最初に出たのかというと、やはり「風立ちぬ」の様な気がするんですね。顔つきもあそこが転機でね、明らかにその前と後の感じがごっちゃになっている、そんなジャケット写真でしたよね。その後「赤いスイートピー」で完成される感じはあると思うですが、そのきっかけはやはり「風立ちぬ」でしたね。だからもしあの「風立ちぬ」が違う曲だったら、その後の松田聖子は今とは相当違うイメージになってた気もするんですよね。
土橋:あと歌唱力も、「風立ちぬ」がまさにターニング・ポイントでしたよね。それからどんどんうまくなっていく。
森:でも良い時代でしたよね。すごく売れる歌手にきちんと良い作品が提供されて、それがまだ音楽をあまり知らない層にもきちんと届けられたという意味ではね。
土橋:あと今思えば、例えば森さんのようなお店の方の後押しとか、ファンの方の口コミとか、そういういわば無償奉仕的な草の根運動みたいなプロモーションもすごく大きかったんじゃないですかね。
サエキ:そうですよね。
土橋:今だったら、例えばネットを使って広めるとか色々方法もありますけど、当時は全くそういう手はなかったですから、例えばお店に来たお客さんに聴かせるか、友達に薦めるとか、学校の昼休みの校内放送でかけるか、そういう世界だと思うんですよね。
サエキ:僕がBONでかけたのもそうかも知れないし、ササキレコードでも薦めてましたしね。
森:81年はまだ日本に大型外資系のレコード店がほとんどない頃でしたし。
土橋:当時のレコード店はほとんど邦楽メインでしたから、今の外資系みたいなああいった売り方はなかったですよね。
森:だから逆にそういう中にあって、日本語の音楽を洋楽っぽく売りたいって思っていた人も、きっと店の中にいっぱいいたんでしょうね。当時の店員さんは大抵、日本の音楽より外国の音楽の方が好きだっていう人が多かったですから、そういう人にも合う日本の音楽が出てきたっていうことで、みんな頑張って売ったんでしょうね。そういう音楽は実際にはもっと前からあったんですけど、でも薦めてもお客さんにあまりいい顔されなかったりしましたけど、『ロンバケ』はサウンドを聴かせれば「これいいね」って言ってもらえるものがきっちり提示できたということでね。
サエキ:そうですね。その後色々な事が反復されることにより、今や既成事実となっているので、当時の状況を知ることは非常に難しいんですけど、例えばサザンオールスターズっていうのはある種、大滝さん的な部分も持ってたりするじゃないですか。例えばAOR的な要素とか、洋楽的な部分とか。でも81年のサザンというと「勝手にシンドバッド」からせいぜい「いとしのエリー」ぐらいまでの流れの中ではまだ際物感が抜けなくて、ある種"色の付いたロック"という感じでしたよね。それはツイストについても言えることだし、ゴダイゴもそう。ゴダイゴもテレビ主題歌のイメージが強かったですよね。だからロックとして認識されている部分とそうじゃない部分が混ざっているというか、日本のロックとはそういうものだったんですね。しかも日本のロックって実はピンチで、世界的にもその前の76〜77年ぐらいには下火になりかけた時があって、パンクが現れる前にはヤバイ時期があったんですね。それに合わせて第1期ナイアガラも相当なピンチになってくる訳なんですけれど(笑)。つまりロックが売れるということ、そのものが条件付きということだったんです。『ロンバケ』がロックなのかは別としても、洋楽が売れるということのメジャー感が全然確立されてなかった訳ですよ、当時の日本では。今でいう洋楽的なJ-POPSももちろんないですし、そういったものがヴィジュアル的にも全くなかった時代でしたからね。そんなところへ『ロンバケ』は道を敷いた、ということでもあったんですよ。それと対照的なのは第1期ナイアガラで、『多羅尾伴内楽團』のジャケットみたいなものもこれも大滝さんなので(笑)、当然これがあっての『ロンバケ』なんですよ。最初から『ロンバケ』みたいなものをずっと作ってた訳じゃないですからね。強いて言えば『ロンバケ』には、(イーグルスの)『Hotel California』のメジャー感みたいなものがあるなって僕は思いますよね。その前の時代の洋楽で、みんなが安心して聴けるロックっていうと、やはり『Hotel California』とかになるのかなっていう感じがしてね。ちょうどリゾート的な部分も似ているし、『ロンバケ』って実はそこに退廃を秘めてるじゃないですか。それって本当は普通の人は知らなくていいことですけど、大滝さんの心根をよく知る人は、『ロンバケ』のその裏にある色々なご苦労とか、悲喜こもごもの物語があるという…。イーグルスにも苦しみの中から生まれるものがあるし、そこと通じる何かがある。だからこそ、そこから来るロックとしてのメジャー感が、『ロンバケ』にはあるんじゃないですかね。
土橋:その前には事務所たたんだりとか、そういったこともあった訳ですからね。
サエキ:そうなんですよ。
森:僕は、はっぴいえんどからソロになってというような段階を踏んで大滝さんの音楽をずっと聴いてきたんで、『ロンバケ』を初めて聴いたときに実はサウンド的な違和感はあまりなかったんですよ。だからこう売れていく過程で、『ロンバケ』を聴く人を見ていく過程でね、これはすごく変わったのかな?という印象を逆に持ったんですよね。
サエキ:なるほど。音自体には特に違和感を感じないけれど、売れるという過程や結果を見て違ってきたという感じがしたんですね。
森:そうなんです。例えば友達とかに『Let's Ondo Again』とか『NIAGARA MOON』とか聴かせても「うーん」とか言ってた連中が、『ロンバケ』を聴かせた瞬間に「いいよね」って反応するんですよ。でも僕は『GO! GO! NIAGARA』も聴いてたし、だからそんなに変わった印象はなかったんですよね。
サエキ:そうなんですよ。そうそう。
土橋:それは、まさに最初から段階を経て聴かれていたからですよね。
サエキ:ただ、今の人たちにいきなり『Let's Ondo Again』とか聴かせても、驚くだけですよね(笑)。
土橋:そうですね。僕らの世代では既にそういう状態でしたよね。『ロンバケ』が出たのが81年で、僕は中学3年だったんですけど、高校に上がる頃にはまわりに少しずつ『ロンバケ』とかナイアガラを聴く人たちが増えてきていたんですよ。で、それ以前のものを聴きたいと思うと、当時はそれ以前のコロムビア盤は既に廃盤でしたから、買えるものといえば『GO! GO! NIAGARA』とか『NIAGARA CALENDER』とか、ソニーから再発されたものだったので、それを聴くわけです。そうすると何か違和感があるんですよね。すごく。はっぴいえんどを最初に聴いたときの違和感も、忘れられないですね。やはりそれは、僕らにとってはベースとなるものが『ロンバケ』だったからだと思うんです。あとはっぴいえんどの頃って、バンド内に役割分担がありましたよね。大滝さんはどっちかというとメロディアスというよりはリズムが前に出ているもの担当みたいな感じ…例えば多羅尾伴内とか「颱風」みたいなものの印象が強かったので、どうしてもそこに目が行ってしまうんです。そうすると『ロンバケ』とは全然違うっていう感覚が生まれるんですね。でも実はそこを押さえた上でもう一度『ロンバケ』を聴き直して、それからはっぴいえんどから『ロンバケ』までを辿っていけば、なるほどって思えるんですけどね。みんなそこまで行かない人が多かったですからね。
森:大滝さんの音楽の中には色んな道があってね、こっちの道に入り込めばこういう楽しみがあるぞ、こっちに行けばこんな面白いことがあるぞっていうのがいっぱい用意されててね。だから、何処に行っても面白いっていう人が、今ファンを続けているんじゃないですかね。
サエキ:そうですよね。どうやっても楽しめますよね。場合によっては、音楽作らなくても平気だみたいな(笑)。
土橋:だからそんな違和感を憶えた僕が、すぐに反応したのは1st(『大瀧詠一』)だったんですね。
サエキ:そうですよね。シリア・ポールを別格とすれば、『ロンバケ』に近い要素があるのはやはり1stですよね。
土橋:ここにはメロディアス・タイプな曲があって、しかもはっぴいえんど在籍中ですから、あそこで本来大滝さんが持つメロディアスなものとリズム路線のノヴェルティ・タイプのものとのバランスを取っていたんでしょうね。
サエキ:そうですね。僕は一応はっぴいえんども現役で聴いていて、と言っても『ゆでめん』と『風街ろまん』を同時に聴いたというパターンなんですが、『ゆでめん』『風街』ときて3rdの『HAPPY END』は出ていない状態で1stを聴いたんです。今思うと3rd収録の「外はいい天気」がまず『ロンバケ』の始まりかなっていう気がしてるんですよ。メジャー感も含めて。それは置いておいたとしても、3rdでの大滝さんは1stアルバムの大滝さんから類推される大滝さんなんですよね。で、1stアルバムでのメロディアスな大滝さんは、すごい驚きと言うよりは2ndまでのはっぴいえんどとは全く違う感じがしましたよね。「水彩画の町」とか「乱れ髪」とか。これがソロの大滝さんで、はっぴいえんどの大滝さんとは違うんだなって感じて。内省的で。でも当時キャロル・キングとかも流行ってたんで、キャロル・キング的な感じもちょっとしたんですけど、でもやはりひとつ違う世界をやり始めたなって感じが明らかにしましたね。だから1stはこの路線と「びんぼう」であると。
土橋:そうなんですよね。だから大滝さんはメロディアスなものとリズム系のノヴェルティ・タイプの2本立てなんだっていうことが分かってしまえば納得いくんですけど、大滝さんは『ロンバケ』=メロディアスなものとだけ思って聴く人には、違和感が生まれるんでしょうね。
サエキ:そうでしょうね、きっと。
森:それが最近、僕が似てるなと思えることがあるんですよ。最近のビーチ・ボーイズのファンは『Pet Sounds』から最初に聴く訳ですよ。
サエキ:あっ、そうか。それ似てる!
森:『Pet Sounds』は異色作なんですよね。
土橋:それまでの流れからいったら、異色作ですね。
森:それで、『ロンバケ』も取り方によってはそうなってて。で、ファンの人も『Pet Sounds』や『ロンバケ』を聴いて好きになって、「じゃあ次はどのアルバムを聴いたらいいですか?」っていう質問をされた時に実は非常に困るんですね。
サエキ:今なら『Friends』ですかね。
土橋:あと『Sunflower』とか『Surf's Up』。
サエキ:一層のこと遡って『Surfer Girl』とか。
森:それをね、ファンから質問を受けた時にいつも感じるんですよね。
サエキ:でも『ロンバケ』から入るっていうのは、ある種本当の定番じゃないですか。『Pet Sounds』から入るっていうのは、実はかなり特殊なことなんで…。
森:でも今は、それが普通になっちゃったんですよね。
サエキ:そうなんですよね。それがちょっとね…。
森:あれしか聴かないっていう人もいますしね。
土橋:『Pet Sounds』と『Friends』しか持ってないとかいう人もいますし。最初に『Smiley Smile』買ったとか、変な入り方してる人もいますよね。
森:まあ多様化の時代なんで何から聴いても別にいいんですけど、でももっと本質的に聴こうと思ったらね、順を追って聴いて理解しつつ、そこに辿り着くみたいな方が面白いとは思いますがね。
サエキ:まあ何を聴こうと勝手なんですけどね。さっき『ロンバケ』には悲喜こもごもな部分があるって言いましたけど、僕が言いたいのは『ロンバケ』はこう聴くべきっていうことではなくて、『ロンバケ』を本当の意味で味わうためにはその悲喜こもごもの部分も併せて味わった方がより楽しめるよっていう事なんですよね。体温がグッと低くなる部分もあるんですよ。例えば「君は天然色」って曲はファンにとっては高らかなる鐘の音というか、そこまでパワーがこの場に及んで出てくるのかというものでしょ。で、次の「カナリア諸島にて」で、どうしてリゾートでそういう気分にならなくちゃいけないのかっていうことがね…。要するに今の子たちは¥19,000ぐらいでそこそこ良いところに行ける訳じゃないですか(笑)。そういう子たちにね、リゾートの気持ちを説明するっていうのが難しくて。大人になって働くと分かるんですけど、本当に疲れているときにああいうところに行くと助かるんですよ。そういうものなんですよね、「カナリア諸島にて」って。休まるとはどういうことなのか?とか。休まる前には辛い現実があるんですよ。最初から疲れてもいなくて、¥19,000で遊びに行けちゃう人たちにそれを説明するのは難しいなっていうことがあるんですよ。それはまだしも、だから『Pet Sounds』を説明するのは相当難しい。まず歌詞が、それまでの夏とかのイメージとかを捨て去ってるでしょ。「God Only Knows」みたいなものとかね。その上で、あのサウンドがどうしてああなってるのかっていうことは、ただの工夫をしたとかいうよりは、その工夫の裏にある相当病的な部分とかその辺りも説明しないと分からないですよね。それも病的を病的と説明するすれば分かる、というものでもないんですよ。それまでメジャーでやってきて、そこでドーンと落ち込むみたいな、その落ち込みとは何かみたいなところまでね。実際に売り上げ面でも落ち込む訳ですしね。だから体温がグッと低くなる感じとは何か、そのリアリティがなければ楽しみ方も少ないんじゃないかという気がするんですね。すごく自虐的な楽しみでもあるんですけど。『Hotel California』でも結局そうなんですよね。すごい嫌なこととか、すれ違いとか、疎外感とかがあってこその世界なんで。
土橋:非常に内なる世界が見えてこないと、全体として理解できないっていうことですよね。
サエキ:そう思うんですよね。ある意味、現代の子たちがすごく疎外感ある世界に生きてるっていうことでは、確かに共通するのものもあるのかも知れないですけどね。
土橋:こうやって考えると、絶対に流れとか歴史とかを踏まえた上で聴く方が、より楽しめますよね。
サエキ:そうですよね。そうした方が楽しめますよね。
土橋:あと今は色々と(作品の)CD化が進んでいて、今まで入手困難だったものでも比較的簡単に手に入るじゃないですか。そうすると昔みたいに何とか探してでも手に入れようとか、そういう執念というか、そういうものを持たなくなりますよね。特に若い子は。その辺から来る思い入れ具合も違ってきてるんですかね?
森:あと手に入れようとしても、廃盤で(中古盤としてのプレミアがついて)値段がすごく上がっているとかね。そういうものもあるんで。ただ、「待つ」ということも僕は大切だと思うんですよ。長い周期で見てみれば、ナイアガラの作品も(再発されたりして)出ている訳ですから、持ってないものの中からまずは今手に入るものを買って聴いて、それを充分聴き込んでいるうちに、また次のものが出ますから(笑)。
サエキ:そうですね。以前、ダブル・オーから出た1stアルバム『大瀧詠一』なんて、まさにそうですよね。ああいうものこそ、きちんと買ってるかどうか試されますよね。僕は3枚買いましたけどね(笑)。
土橋:僕も2枚持ってますけどね(笑)。
サエキ:あれは安くて、中身も充実しててね。
森:あとナイアガラの再発ものの素晴らしいところは、大滝さん自身の解説が詳細に記されてて、今まで明かされなかったことも色々書いてありますし、それで¥1,500は安すぎですよね(笑)。
サエキ:だから一時期廃盤が多かったからって、決して意地悪してる訳じゃないってことですよ(笑)。
森:でもこのライナーノーツのボリュームは大変なものですよ。
土橋:再発のお手本ですよね。また当事者でなくちゃ、絶対に書けない内容ですからね。
森:あと昔発売されたアナログでも、既にサービスというか、おまけ感覚がありましたよね。歌詞カードとかね。
サエキ:そうですよね。
森:1stアルバムの歌詞カードもブックレットになっててね。
土橋:いつも遊び感覚がありますよね。特に今のCDは画一化されてるので、普通にブックレット16ページ入っておしまい、っていうのが多いですから。今思うとLPの頃は色々とアイディアが新鮮でしたよね。
サエキ:僕がそれを最初に感じたのは『風街ろまん』でね。はっぴいえんどの1stはちょっと悲しいジャケットで、歌詞カードも当時のいかにもURCらしい感じで、まあ別にチープとも思わないですけど、でも決してお金をかけてる訳じゃないなっていうのが子供心にも分かったし。ただあの頃のURCは確かシングル・ジャケットは¥1,500、ダブル・ジャケットは¥1,700っていうのがあって、『風街ろまん』はダブルだから¥200多く払わなくちゃならないっていうのがあったんですけど、でも歌詞カードも見開きで、『風街ろまん』のジャケットを見開きでドカーンと広げて、路面電車のイラストが広がってるのを見てね、はっぴいえんどは世界を確立したんだなってその時最初に思ったんです。「日傘くるくる」のイラストとか、ああいう小さなことでもすごく嬉しいんですよ。ところが3rdになるとジャケットの裏面は惜しげもなく緑一色で、ホントはここにも情報を書いて欲しいけど、でもこれでいいんだ、みたいなね。そういう展開があるんですよね。だから子供心にも、彼らはデザインでも移行してるんだ、でも格好いいなって思ってましたね。まあその間に大滝さんの1stアルバムがありましたけど、1回1回きちんと僕らに明確にコンセプトを提示して、しかもつけられる時にはおまけが付くっていうその感じが、他のアーティストには無かったものでしたね。
土橋:あのアートワークに対するこだわりは、すごいですよね。
サエキ:そうなんですよ。はっぴいえんどは漫画…初期は「ガロ」や「COM」的な世界へのこだわり…(ジャケット・デザインとイラストの)宮谷(一彦)さんは「COM」なので、1枚目が「ガロ」での2枚目が「COM」という見方も出来るんですけど、そういうものがあって、そこからワークショップ"MU!"があって中山泰さん、永井博さんに至るという…。おまけ感も含めたこだわりですよね。でも僕の中でファンとしての究極なのは、やっぱり『GO! GO! NIAGARA』なんですけどね。中にハガキが紹介されてて、僕のハガキが。
土橋:あとニセモノ解説が載ってたりとか(笑)。
サエキ:そうそう(笑)。あれを信じた人がいたとか(笑)。
森:あと『NIAGARA MOON』の裏ジャケですよね。毎回写真が変わるという。そういうものへのこだわりがね。
サエキ:何回再発されても、裏ジャケは新しい写真になってて。しかも真ん中にその前の盤が貼ってるというね。
土橋:これはCD化されても、続いてますよね。
森:しかも大滝さんの着ているシャツが、ずっと同じものなんですよね。
土橋:このチェックのシャツだけは、エレック盤からずっと変わらないんですよ。
サエキ:なるほど、ホントだ。このシャツをずっととってあるとは、すごいな。
森:こういう風に、色々なところに楽しさを振りまいてあるんですよね。ヴィジュアルで言うとこういうところとか、あるいはレコードやCDに貼られていたラベルの色とかね。
土橋:これなんかもそうですよね。『Complete EACH TIME』は、ビニール・ジャケットに入ってましたし、あとさっきの『ロンバケ』も夏ジャケとか冬ジャケとか、そういうものもありましたし。
サエキ:『EACH TIME』関係は色々あるんで、流石に参りましたね。ある程度は持ってますが。
土橋:(現物を取り出しながら)MASTER SOUND盤もありましたしね。
森:MASTER SOUNDは流石に買わなかったな(笑)。
サエキ:森さんでもそういうものがあるんですか(笑)。
土橋:僕は、最初通常盤を買うのを我慢して、これが出るのを待って買いました。この当時、ソニーからMASTER SOUNDがかなり出てきていて、松田聖子とか、杉(真理)さんとか、色々ありましたね。
森:当時、他のカタログでMASTER SOUNDを買ったのがあるんですけど、自分の家のステレオで聴いてもあまり違いが分からなかったんでね(笑)。
サエキ:やはりダイナミックオーディオで聴かないと、だめかな(笑)。
森:盤の厚みが魅力あったんですけどね。
土橋:『ロンバケ』のMASTER SOUNDもここにあるんですけど、盤が重量盤でね、厚みがあって、よい感じがしたんですよね。当時はここに書かれているデジタル・マスタリングっていうのが新しくて魅力的でね。
サエキ:アナログ盤なんだけど、デジタル・マスタリング。今の逆ですかね(笑)。今やデジタルなのにアナログで録るみたいなのが流行ってますけど。
土橋:このMASTER SOUNDの『ロンバケ』には、当時のデジタル・マスタリングやデジタル・レコーディングといった、MASTER SOUNDシリーズについての説明書きが封入されてて。あと当時、これのカセット版も発売されてたんですけど、それはメタル・カセットだったですよね。
森:でもリマスターっていうのも、大滝さんに教わったっていうのがありますよね。
サエキ:そうですよね。

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