フリッパーズ・ギターと東京ポップ・シーン of SPECIAL INTERVIEW

特集:フリッパーズ・ギターと東京ポップ・シーン

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 2006年8月25日にフリッパーズ・ギターの1stアルバム『THREE CHEERS FOR OUR SIDE〜海へ行くつもりじゃなかった』と、2ndアルバム『CAMERA TALK』がリイシューされる。それまで市場に流通していた95年に再発されたCDと比べると、最新のデジタル・リマスターにより明らかに音質もアップし、しかも今回は紙ジャケット仕様という魅力あるパッケージでの登場だ。そしてこのリイシューに合わせて、雑誌や番組などでもフリッパーズ・ギターをはじめ、後に「渋谷系」と呼ばれた音楽やアーティスト達にスポットを当てた特集も盛んに組まれるようになった。そこで今回このすみやサイバーショップでも、彼らの音楽と当時の背景…いわば東京ポップ・シーンを中心に、振り返ってみたいと思う。

文・取材:土橋一夫(『Groovin'』編集長)
取材写真:三須百合子
(初出:すみやMediamax:2008年1月)

【CONTENTS】
東京のレコード・ショップとミュージシャンとの関係
フリッパーズ・ギターの登場と活躍
当時のレコード店と「渋谷系」
すみやバイヤーズ・セレクション

■東京のレコード・ショップとミュージシャンとの関係

 1970年代、東京ですらまだ輸入盤を取り扱うレコード店は極めて限られていた。新宿レコードやヤマハ(当初は日本楽器)渋谷店や銀座店、シスコ(渋谷西武地下)、吉祥寺の芽瑠璃堂、ハンター、原宿のメロディハウス、ディスクユニオンなどに代表される一部の店舗に、放送・音楽業界のスタッフやミュージシャンはこぞって通いつめた。そんな中、1975年11月に南青山にパイド・パイパー・ハウスがオープンする。輸入盤新譜やリイシュー盤を中心とした品揃えに加え、当時としては珍しいカフェ・スペースを併設したこの店は、やがてミュージシャンや作家、音楽関係者などの支持を得るようになり、また1977年12月から長門芳郎氏が同店に加わったことによって、よりプロ・アマ問わず音楽ファンからの厚い信頼を得るようになる。良い作品であれば、洋(輸入盤含む)・邦問わず扱う姿勢も、当時の一般的なレコード店像からすれば新鮮だった。
 この頃の東京近郊での「すみや」の動きはと言えば、川崎市に向ヶ丘店を出店(1970年4月オープン)したのに続き、上大岡店(1970年11月オープン)、横浜店(おかだや[後の岡田屋モアーズ]内/1972年3月オープン)、渋谷店(1977年5月オープン)などが続々開店し、輸入盤を含む独特の充実した品揃えで多くの洋楽ファンからの支持を得られるようになる。特に独自の品揃えの横浜店と、サントラを中心とした品揃えの渋谷店は、スタッフの専門知識の豊富さもあってミュージシャンや評論家からの信頼も厚く、その後続々オープンする国内盤と輸入盤を並行して取り扱う店舗や、セレクト・ショップ的な専門店の進むべき姿を、ある意味方向づけた貴重な店舗だった。
 この1970年代、実はまだ外資系のレコード店は基本的には日本には出店していない。タワーレコードが第1号店をオープンさせたのは1980年4月(札幌店)、渋谷店が1981年3月、そして外資系店のような独自の品揃えを誇ったWAVE六本木店のオープンは1983年11月、さらにHMVが日本第1号店(渋谷店)をオープンさせたのは1990年11月と、ずっと後のことになる。

 さてここで重要なのは、ミュージシャンや音楽関係者などと、レコード店との関わりだ。こういった輸入盤を取り扱うレコード店の中には、直接ミュージシャンや音楽関係者、あるいは洋楽を流すラジオ局のスタッフなどが、顧客としてついている、いわばレコードを仕入れ、紹介し、販売するバイヤーと、音楽制作者がダイレクトに結びついている店舗があったのだ。最新の洋楽情報を知りたい制作者(ミュージシャンなど)と、その情報を持っていて、商品を輸入できる店舗との関係は、その後日本のポップ・シーンに新たなる波をもたらした。またそういった店舗に通うユーザーには、既成の日本の音楽と洋楽とを差別せず、同じ感覚を持って聴くという意識を育てた。その結果、国に関係なく同傾向の作品を並列して販売する、というスタイル(これが後に外資系レコード店が日本に進出した際、最大のセールス・ポイントになる)が徐々に定着していくこととなった。
 ちなみに「すみや」でも、例えば当時の横浜店や、現在も同じ店舗で営業中の渋谷店のユーザーの中にはアッと驚くような大御所ミュージシャンから音楽評論家、映像作家、DJ、番組ディレクターまで、錚々たる方々がおられ、彼らから支持されてきた。そしてその流れは、時を経て1880年代後半のピチカート・ファイヴなどを経て広められ、現在にまで脈々と続いている。

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